DMの向こう側

あまいこしあん

DMの向こう側

俺のスマホに、ある夜突然DMが届いた。

送り主は、プロフィール欄に十代とだけ書かれた少女。

名前は「ミオ」。


最初はいたずらか、詐欺か、最悪おやじ狩りの前振りだと思った。

だが、文章は妙に素朴で、ぎこちなく、それでいて切実だった。


「ひとりでいるのがこわいんです」


俺は返信してしまった。

誰かに必要とされる感覚が、久しぶりだったからだ。


チャットは数週間続き、やがてビデオ通話になった。

画面の向こうのミオは、想像よりずっと幼く、目だけが大人びていた。


「会いたいって言ったら、へんですか」


恐怖はあった。

殴られるか、脅されるか、金を取られるか。

それでも俺は言った。


「昼間、人の多いところなら」


初めて会ったミオは、ただ静かに隣に座り、コーヒーを両手で包んでいた。

金も、身体も、何も求めなかった。

ただ話を聞いてほしかっただけだった。


何度か会ううちに、彼女はぽつりぽつりと打ち明けた。


彼氏から殴られること。

逃げようとすると「誰も助けない」と言われること。

家にも帰れないこと。


俺は、専門家じゃない。

ただのアラフォーの、孤独な男だ。

それでも言った。


「それは、暴力だ。君が悪いわけじゃない」


事件は突然起きた。


街角でミオと話していたとき、背後から衝撃が来た。

男が怒鳴り、俺は地面に倒された。

何度も蹴られ、視界が白くなる。


最後に見たのは、ミオが引きずられていく姿だった。


病院で目を覚ました俺は、すぐに動いた。

警察に行き、今までのDM、通話履歴、彼女の話をすべて渡した。

SNSの記録、位置情報、彼氏の素性。


「外国人グループに売られた可能性があります」


警察の言葉は冷たく、現実的だった。


それでも、動いてくれた。

時間はかかったが、摘発は進んだ。


数週間後。

ミオは保護施設にいた。


再会した彼女は、以前より痩せていたが、目に光が戻っていた。


「……来てくれると思わなかった」


俺は笑った。

肋骨はまだ痛んだが、それでも。


「友達だろ」


彼女は泣いて、何度も頭を下げた。


それから俺たちは会っていない。

連絡も取っていない。

それでいいと思っている。


ただ、あのDMが届いた夜を、俺は忘れない。


あの小さなメッセージが、

確かに一人の人生を、闇から引き戻したのだから。

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DMの向こう側 あまいこしあん @amai_koshian

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