俺のスキルは【死亡フラグ】~絶体絶命なセリフを吐くほどステータスが倍増するので、泣く泣く「ここは俺に任せて先に行け!」と叫び続けます

東影カドナ

そのスキル、発動条件がクソゲーにつき


 人生とは、クソゲーである。

 誰が言ったか知らないが、それは真理だ。

 リセマラ不可。親ガチャ運ゲー。そして何より、運営(神様)のバランス調整が絶望的に下手だ。


 だが、あえて言わせてもらいたい。

 今の俺の状況に比べれば、どんなクソゲーも神ゲーに見える、と。


「……おいおい、嘘だろ?」


 俺、相模さがみケイは、乾いた唇を震わせた。

 目の前には、巨大な扉。

 背後には、閉ざされた退路。

 そして扉の向こうから漏れ出る、圧倒的な殺気と獣の臭い。


 ここは、ダンジョン『嘆きの回廊』の最深部。

 推奨レベル50のボスエリア前だ。


 俺のレベル?

 聞きたいか?

 驚くなよ。


 レベル1だ。


「はは……詰んだ。これ、詰んだわ」


 俺は膝から崩れ落ちた。

 腰に下げた剣は、店売りの『ひのきの棒』よりマシな程度の『錆びた鉄剣』。

 防具は、布の服。

 所持金、300円。


 これでどうやって、ミノタウロス(推定レベル55)と戦えって言うんだよ。

 無理ゲーにも程がある!



 ◇ ◆ ◇



 時間を、少し巻き戻そう。

 なぜ、Fランク探索者の俺が、こんな場所にいるのか。


 話は単純だ。

 俺は『荷物持ちポーター』として、このパーティーに参加していた。

 パーティー名は『暁の剣』。

 リーダーは、Aランク剣士のグレン。

 イケメンで、金持ちで、実力もある。

 まさに、主人公補正を持っていそうな男だ。


 だが奴には一つだけ、欠点があった。

 性格が、産業廃棄物レベルに悪いことだ。


「おい、ゴミ。遅えぞ」


 ダンジョンに入って30分。

 グレンは、自分の身長ほどもある巨大なバックパックを背負った俺を、冷ややかな目で見下ろした。


「す、すみません……これ、重くて……」

「はあ? ポーターなら黙って運べよ。それがお前の存在価値だろ?」


 グレンの取り巻きである魔法使いの女が、クスクスと笑う。

「やだぁ、グレン。いじめたら可哀想よぉ。無能なりに頑張ってるんだからぁ」

「違いねえ! ギャハハハ!」


 俺は唇を噛み締めた。

 反論はできない。

 この世界では、力が全てだ。

 スキルを持たず、ステータスも低い俺は、彼らにとって道端の石ころ以下の存在でしかない。


 それでも俺は必死についていった。

 妹の入院費が必要だったからだ。

 どんなに罵倒されても、どんなに理不尽な扱いを受けても、金のためなら頭を下げられた。


 だが。

 奴らの悪意は、俺の想像を遥かに超えていた。


 ボス部屋の前まで来た時だ。

 グレンが、ニヤリと笑った。


「なあケイ。お前、役に立ちたいか?」

「え……? は、はい! もちろんです!」


 俺は希望を持った。

 やっと認めてもらえるのかと。


「そうか。じゃあ、これ持ってろ」


 グレンが渡してきたのは、手のひらサイズの水晶だった。

 かすかに明滅している。


「こ、これは?」

「『転移石』の片割れだ。ボス部屋の扉を開ける鍵みたいなもんでな。お前がそれを持って、扉の前に立っててくれればいい」

「わかりました!」


 俺は疑いもせず、扉の前に立った。

 次の瞬間。


ドゴォォォン!


 背後で爆音が響いた。

 振り返ると、俺たちが通ってきた通路が、土砂で完全に埋まっていた。


「え……?」


 俺は呆然とした。

 何が起きた?

 崩落? 事故?


 違う。

 土砂の向こう側から、グレンたちの笑い声が聞こえたのだ。


『ギャハハハ! あいつ、本当に信じてやんの!』

『馬鹿ねぇ。あれは魔物を引き寄せる『誘引の香』を固めた魔石よ』

『これでボスが満腹になれば、俺たちは安全に宝箱だけ回収できるって寸法だ!』

『ありがとな、最高の生贄おとり! せいぜい時間を稼いでくれよな!』


 遠ざかる足音。

 残されたのは、俺と、封鎖された通路と、魔石。

 そして。


ギギギギギ……。


 重厚な音を立てて、ボス部屋の扉が開き始めた。


「……は?」


 思考が停止する。

 誘引の香?

 生贄?

 ボスが満腹になれば?


 理解したくない現実が、脳内に雪崩れ込んでくる。

 俺は捨てられたのだ。

 ただの『餌』として。


「ふざ……けるな……!」


 俺は叫んだ。

 だがその声は虚しく響くだけ。

 扉の隙間から、二つの巨大な眼光が俺を捉えた。


グルルルルゥゥゥ……!


 地響きのような唸り声。

 現れたのは、身長5メートルを超える牛頭の巨人。

 手には、俺の胴体ほどもある巨大な戦斧。


 ミノタウロス。

 別名、『初心者の処刑人』。


「あ……あぁ……」


 腰が抜けた。

 立てない。

 逃げ場はない。

 戦う力もない。


(死ぬ……)


 はっきりとした死の予感。

 それが、冷たい氷のように心臓を鷲掴みにする。

 走馬灯が見える。

 入院中の妹の笑顔。

 まだ返していないレンタルビデオ。

 楽しみにしてた来週の少年ジャ◯プ。


(嫌だ……死にたくない……!)


 俺は地面を這った。

 無様でもいい。

 情けなくてもいい。

 生きたい。

 ただ、それだけだった。


 だが現実は非情だ。

 ミノタウロスが、ゆっくりと戦斧を振り上げる。

 その影が俺を覆い隠す。


(終わった……)


 俺は目を閉じた。

 その時だ。


ピロン♪


 場違いに軽快な電子音が、脳内に響いたのは。


≪条件を満たしました≫

≪ユニークスキル『死地回生デッド・オア・アライブ』が覚醒します≫


「……は?」


 目を開ける。

 視界の端に、半透明のウィンドウが浮かんでいた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【スキル名】:死地回生

【効果】:死亡フラグを立てることで、

     その『危険度』に応じて

     全ステータスを倍増させる。

【現在のフラグ】:なし

【ステータス補正】:±0%

━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 なんだこれ。

 ゲームのステータス画面?

 幻覚か?


≪警告。対象の攻撃が迫っています。生存確率は0.001%です≫

≪推奨行動:直ちに『死亡フラグ』を建築し、ステータスを強化してください≫


「死亡フラグを……建築しろだと!?」


 意味がわからない!

 今まさに死にそうなのに、さらに死にそうなことをしろって言うのか!?

 このシステム、バグってんのか!?


 だが。

 振り下ろされる戦斧は、待ってくれない。


ブォン!


 風切り音が鼓膜を叩く。

 思考する時間はない。

 やるしかない。

 システムがそう言うなら、それに賭けるしかない!


 俺は、震える足で立ち上がった。

 そして腹の底から声を絞り出した。

 これまで漫画やアニメで見てきた、もっともベタで、もっとも死亡率が高いあのセリフを!


「こ、ここは俺に任せて先に行けぇぇぇ!!」


 誰もいないけど!

 俺一人しかいないけど!

 とりあえず言ってみた!


 瞬間。


カッッッ!


 俺の体が、黄金の光に包まれた。


≪確認。死亡フラグ『殿しんがりの特攻』を検知≫

≪危険度:B≫

≪全ステータスを【500%】UPします≫


「ご、500%ォ!?」


 力が湧いてくる。

 全身の細胞が沸騰するような、爆発的なエネルギー。

 筋肉が唸り、視界がクリアになる。


 俺は無意識に、錆びた剣を振り上げた。


 ガキィィィン!


 轟音が響く。

 俺の剣が、ミノタウロスの巨大な戦斧を受け止めていた。


「う、嘘だろ……!?」


 ミノタウロスの目が見開かれている。

 そりゃそうだ。

 蟻が象を止めたようなものだ。


 だがまだ足りない。

 相手は押している。

 500%程度じゃ、拮抗するのがやっとか!


≪警告。効果時間は残り10秒です≫

≪さらなるフラグの建築を推奨します≫


「じゅ、10秒!? カップラーメンも作れねえよ!」


 短い!

 あまりにも短すぎる!

 しかも効果が切れたら、反動で死ぬ未来しか見えない!


「もっと……もっと強いフラグを……!」


 俺は脳みそをフル回転させた。

 殿しんがりよりも強いフラグ。

 もっと悲壮で、もっと絶望的で、もっと読者が「あ、こいつ死んだわ」と確信するセリフ。


 あった。

 一つだけ、心当たりがある。


 俺はミノタウロスの顔を睨みつけ、ニヤリと笑った(引きつっていたが)。

 そしてポケットから妹の写真(財布に入ってたプリクラ)を取り出し、見せつけた。


「へっ……この戦いが終わったら、俺、故郷に帰って結婚するんだ……」


 相手は牛だ!

 結婚の意味なんてわかるわけがない!

 だがシステムは反応した。


≪確認。死亡フラグ『愛の逃避行(未遂)』を検知≫

≪複合ボーナス発生≫

≪危険度:A+≫

≪全ステータスを【2000%】UPします≫


「2000%ォォォォ!?」


 ドクン!

 心臓が早鐘を打つ。

 もはや体感時間が狂っていた。

 ミノタウロスの動きが、スローモーションに見える。

 舞い上がる砂埃の一粒一粒さえ、鮮明に見える。


 これが、チートか。

 これが、主人公の世界か!


「うおおおおお! 死にたくねぇぇぇ!」


 俺は叫びながら、剣を一閃させた。

 錆びついた刃が、光の帯となって走る。


ズパァァァン!


 乾いた音が響いた。

 一瞬の沈黙。


 次の瞬間。

 ミノタウロスの巨体が、音もなく両断された。


ズズ……ン……。


 巨大な質量が地に伏す。

 その背後で俺はカッコつけて剣を振るった(血糊を払う動作だが、剣は錆びているので意味はない)。


≪戦闘終了≫

≪フラグ回収ボーナスを獲得しました≫

≪レベルが1から15に上昇しました≫


「はぁ……はぁ……勝っ、た……?」


 俺はへたり込んだ。

 全身から力が抜けていく。

 ステータス補正が切れた反動か、猛烈な倦怠感が襲ってくる。


 だが、生きてる。

 俺は生き残ったんだ!


「やった……ざまぁみろ、グレン……! 俺は生きてるぞ……!」


 喜びがこみ上げてくる。

 しかしそれと同時に、冷静な思考が戻ってきた。


 待てよ。

 さっき俺、なんて言った?


『この戦いが終わったら、故郷に帰って結婚するんだ』


 ……誰と?


 俺に彼女はいない。

 妹はいるが、当然ながら恋愛対象ではない。

 つまり俺は、虚空に向かってプロポーズ宣言をしたことになる。


「……死にたい」


 物理的な死は回避したが、社会的な死が俺を襲っていた。

 誰も見ていなかったのが、せめてもの救いか……。


ピロン♪


≪お知らせ≫

≪本日のダンジョン配信『迷宮チャンネル』にて、あなたの戦闘がピックアップされました≫

≪現在の同接数:12,000人≫

≪コメント新着:『なにこいつ熱い』『全米が泣いた』『死亡フラグ建築士爆誕www』≫


「……はい?」


 俺は空中に浮かぶウィンドウを二度見した。

 そこには俺の顔が大写しになっていた。

 涙目で、プリクラを握りしめ、牛に向かって結婚宣言をする俺の姿が。


「あ、あ、ああああああああ!!」


 絶叫がこだまする。

 ダンジョンの天井に、小型の自動撮影ドローンが浮いているのが見えた。

 あれは、ギルドが設置している定点カメラだ。

 普段は誰も見ていないようなマイナー配信枠のはずだが、ボス戦ということで偶然にも視聴者が集まっていたらしい。


 コメントが滝のように流れていく。


『カッケェェェ!』

『誰と結婚するんだよwww』

『相手は牛か?』

『いや、あの写真は妹だろ? シスコンか?』

『シスコンの鑑』

『推せる』


「違います! 誤解です! これはスキルの発動条件で……って言っても信じてもらえねぇよなぁ!?」


 俺は頭を抱えた。

 生き残った。

 力も手に入れた。

 だが代償として、俺の尊厳は粉々に砕け散った。


≪称号『死亡フラグ建築士』を獲得しました≫

≪スキル『羞恥心耐性(小)』を獲得しました≫


「いらねぇよ! そんなスキル!」


 俺の冒険は、まだ始まったばかりだ。

 いや、始まって早々クライマックス(社会的)だ。

 これから先、俺は強くなるために、公衆の面前で恥ずかしいセリフを叫び続けなければならないのか……?


「……帰りたい。今すぐ布団に入って、永遠に眠りたい……」


 俺の悲痛な願いは、ダンジョンの闇に吸い込まれていった。

 しかしこの『勘違い』と『死亡フラグ』の連鎖が、世界を救う鍵になることを俺はまだ知らなかったのだ。



 ◇ ◆ ◇



 一方その頃。

 ギルドの酒場で、グレンたちは祝杯を挙げていた。


「いやぁ、あいつのおかげで助かったな!」

「今頃、ミノタウロスの胃袋の中かしら?」

「間違いねえ! 無能なゴミにも、使い道はあったってわけだ!」


 ギャハハハ! と下品な笑い声が響く。

 だが彼らは気づいていなかった。

 店のモニターに映し出された映像に。

 そして周囲の客たちが、彼らに向ける冷ややかな視線に。


『おい、あれって……』

『さっきの配信の……』

『あいつらが、あの英雄を置き去りにしたクズか?』


 ざわ……ざわ……。


 空気の色が変わる。

 グレンたちの背後に、音もなくギルドマスターが立っていた。

 その顔は、般若のように怒り狂っている。


「……楽しそうだな、貴様ら」

「えっ? ギ、ギルマス……?」

「英雄殺害未遂の容疑で、拘束させてもらうぞ。たっぷりと、話を聞かせてもらおうか……!」


「ひぃぃっ!?」


 因果応報。

 フラグは、正しく回収されるものなのだ。

 ただし俺の社会的な死を除いては。


(つづく)

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