人
@buntyou_
後悔
そう、これでいいはずなのだ。
なのに胸の奥で、何かがざわついている。
理屈では抑え込めるはずの違和感が、骨の髄からじわりと滲み上がり、私の指先を氷のように冷たくしていた。
震えが止まらない。
先に言っておくが寒いわけではない。
ただ、どうしようもなく身体が心が拒んでいる。
倒れた男を横目に、膝が砕けるように地面へ落ち、私は髪を乱暴にかきむしった。
間違っていない。
私は何一つ、間違っていないはずだ。
世界も、村も、私もこの役を求めた。
“正義”としての務めを義務を果たしただけ――そのはずなのに。
ゆっくりと視線を落とすと、男と目が合った。
いや、合ったように思えた。
すでに光を失っているはずなのに、その瞳はどこか温かく、まるで子どもが母の胸に抱かれて眠るときのような安らぎを湛えていた。
そんな幻覚さえ見えるように思えた。
男は静かに目を閉じている。
もう、その瞼が二度と開くことはない。
私が彼を――いや、この“異形の存在”を葬ったのだから。
そうだ……しばらく休暇を取ろう。
どこか遠いところへ。
海辺が見え風の音だけが支配する場所がいい。
潮の匂いで肺を満たせば、きっとこの震えも収まるはずだ。
何も考えなくていい所へ――
こんな濁った村から、できるだけ遠くへ。
逃げたい。
ただそれだけだった。
だが、その願いは足首を掴まれるようにして止まる。
死骸だ。
この男の、冷たくなったはずなのにどこか穏やかすぎる顔。
まずは、これを処理しなければ。
仕事だ。
正義の務めだ。
私が選んだ道だ。
胸の奥で何かが軋む音がした。
考えたくもない。
今日はもう、何も――何一つ――向き合いたくない。
暗い山影が、まるで私の背にのしかかるようだった。
応援を呼ぼう。そう考えたが辞めた。
ここは人里から遠く離れた廃墟
通信も届かず、街灯も、人気も、文明の気配すらない。
まるで世界そのものが断ち切られたような場所だった。
――なぜ、こんな所にお前はいたのか。
問いは自然と口からこぼれた。
こんな夜中に、どうしてこんな辺鄙な廃屋で息を潜めていたのか。
何を求め、何を考え、ここまで来たのか。
その理由を知りたかった。
しかし、当然ながら返答はない。
私の声は腐った壁に吸い込まれるように、ただ虚しく反響しただけだった。
違う……。
はっと我に返る。
こんなことを考えている場合ではない。
私は“正義”を成したのだ。
まずい、この冷えは思考を鈍らせる。
早く――早くこれを持ち帰らなければ。
村に報告しなくてはならない。
私が討ち取ったと。
これで、世界を狂わせる悪はもういないのだと。
民衆に、堂々と胸を張って叫ばねばならないのだから。
冷え切った手足を無理やりに動かし何も考えず、いや考えない様にしているだけだが、この肉片を引きづり村まで歩き出した。
道中、私は何度も何度も足を止めた。
この肉片が重かったという理由がほとんどだが3割ほど違う事に気づいた。
いや、違うぞ、少しだけだ。
数ミリほど違うだけだが、これを鉛玉で撃ち抜いた時何故、これは嬉しそうにしていたんだろうか?
安心し切ったかの様な、こうなる事が分かっていたのか?
分かっていたのであれば、私達を巻き込むのは辞めて欲しいのだが……切実な思いと共に再び私は歩き始めた。
人 @buntyou_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。人の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます