ダイイングメッセージはミチ

さわみずのあん

ダイイングメッセージはミチ

 ミチ。

 そう読める。

 赤黒い血でミ。その下。五時の方向にチ。

 そして。チの最後の払いに。

 人差し指と中指が、被さっている。

 指は手。手は腕。腕は体。

 背中に無数の刺し傷のある死体。

 に繋がっている。

「し、死んでるっ」

 浅野亜星が驚いたように言う。

「そっ、そんなっ……」

 駒沢七海は両手を口に当て、息を漏らす。

「きゃあぁーーっ」

 豊洲梨依紗が叫び、

「リイサちゃん。大丈夫」

 藤堂道哉が肩を抱く。

 藤堂は、

「本当に、死んでるのか?」

「ああ、駄目だ」

 浅野は首を振る。

「誰が、こんな酷いことを」

 駒沢が、か細く、

「そっ、そうよっ。誰か。誰かがいるのっ」

 豊洲が叫ぶ。

「ここには、私達しかいないでしょっ。だったら犯人はっ、この中にいるってことじゃないっ」

「落ち着いて。リイサちゃん」

 藤堂は、豊洲の手を握る。

「犯人は、この中には、いないよ」

「どういうことだ?」

 浅野が聞く。

「ダイイングメッセージ。ミチ。未知。知らない。ってことだ。ダイイングメッセージで犯人を知らないってことを、矢口は伝えてる。僕たちの誰かが犯人なら、それを書く。けれど知らないってことは、僕たち以外の誰かがいるってことだ。矢口は死ぬ間際。最後の力を振り絞って、そのことを伝えようとしたんだ。僕たちが、僕たちの中に犯人がいると、疑心暗鬼になって、争わないように。そして、もちろん。本当の犯人。隠れた暗鬼がいることを伝えるために」

「なるほどな。トウヤ」

「でも、こんな山奥のロッジに……」

 駒沢が小さい声で、つぶやく。

「いるわけないだろ。なあ。トウヤ」

「なんだ?」

「お前の推理は、間違っている。真実から、目を背けさせようとしている」

「何が言いたい?」

「ダイイングメッセージのミスリーディング。どう考えても、簡単だろ。トウヤ。お前の名前は。トウヤ。は、どう漢字で書くんだ」

「道。哉。だ」

「ミチ。カナ。だな。ダイイングメッセージのカタカナのミチは、トウヤ。藤堂道哉。お前のことを犯人だと、言っているんだっ」

「そっ、そんなわけないだろ」

「そうよ。トウヤ君が殺人を犯すだなんて。そんなわけないじゃない」

「でも、ミチって……」

 駒沢が言うに重ねて、

「ちがうちがう違うっ。絶対に違うっ。トウヤ君は犯人じゃないっ。ナナミっ。そうよっ。ナナミっ」

「なっ、なに……」

「よく見てよっ。そのダイイングメッセージ。ミチのミ。三画目。二重に重なってるっ。下の払いと、上の払い。本当は、これっ。ミチじゃなくって、シチっ、じゃないの?」

「ちっ、ちが……」

「トウヤ君に、罪を着せようとしたんだっ。ナナミっ。シチは七。あんたのことだっ」

「そっ……」

「やめるんだ。リイサちゃん。ダイイングメッセージは、僕たちが、争わないようにと」

「なるほどな。そうか」

「なんだ、アセイ。やめろよ。僕たちの中に犯人はいないっ」

「三千だ」

「さんぜん?」

「ミチじゃない。三千なんだ」

「それが、どうした?」

「スリイサウザン」

「ばっ、馬鹿なことを言うなっ。なんだっ。お前は、リイサちゃんが犯人だと言うのかっ」

「ちがうちがう違うっ。絶対に違うっ。私は犯人じゃないっ。しっ。トウヤ君も犯人じゃないっ。ナナミっ。ナナミがやったんだっ」

「あっ……」

「ダブルミーニングなのかもな。トウヤとリイサの共犯って線も」

「せっ……」

「違っ。違うって言ってるでしょっ」

「僕も違う。もうやめろっ。僕たちの中で争うのは。犯人は、この中にはいないんだっ」

「あのっっっ!……」

 駒沢七海の大声で、会話が止まる。

「あの、その……」

「何よナナミ」

「汗。じゃない……?」

「そうか。ミチじゃない。三千でもない。汗。汗と書いたんだ。犯人は、アセイ。お前がやったんだ」

「人でなしっ。私たちを犯人扱いしてっ」

「……私を犯人扱いしたのは、リイサちゃんじゃ……」

「なんとか言ったらどうなんだっ」

「そうよっ」

 浅野亜星は、しばらくの間、沈黙して、

「ふふふ」

 肩を震わせ、

「ふはっ、ははははははっ。汗かっ。そう、来たか。ミチでなく汗。確かに。ダイイングメッセージのチをよくよく見れば、一画目は、左から右に書かれたように見える。なるほどなぁ」

「やっぱり、お前がやったのか」

 藤堂道哉が。

「人でなしっ」

 豊洲梨依紗が。

「やっ、やっぱり……」

 駒沢七海が。

「犯人は、」

 浅野亜星が、

「今田っ、お前だっ」

 凶器を。ナイフを手に持った私を。

 指差した。

 違う。

 と私は答える。

「いや、これは、トウヤが最初に言ったように、ミチは、未知。だったんだ。イマダシラズ。ミチが表すのは、今田。お前だ」

 なるほどね。

 いや。

 シラズの方は?

「知の方は、矢口だ。自分自身のことを表している。今田と矢口。この二人が部屋に居た。ということを表しているんだ」

 なるほど。

 いや。

 苦しいでしょ。

「そうか?」

 ミチが、三千で。

 スリイサウザン。

 でリイサを表す。

 あれも苦しかったけど。

「あれは、そうだな。確かに」

 あれだったらさ。

 豊洲の洲。

 洲の初めの方。

 氵と忄を書こうとして。

 ミチになったんだ。

 とかどう?

「ミは良いけど、チは無理矢理じゃないか?」

「ちょっと。やめてよ。また、私が犯人?」

 と豊洲梨依紗。

「それだったら、浅野の浅と書こうとした方が良いんじゃない?」

 と藤堂道哉。

「……あの、私の沢と、書こうとした方が……」

 と駒沢七海。

「ちょっと、ナナミ。それじゃ、あんたが犯人になっちゃうでしょ」

「……私を犯人扱いした人のセリフ……?」

「やだー。もう。ゲームじゃない。ゲーム。不機嫌になんないでよ」

「ダイイングメッセージなんて、いくらでもミスリーディングできるもんな」

 そうだね。

 と浅野亜星に私は返した。

「結局さ。ミチ。いや。まあ僕たちがそう読んでいるだけどさ。矢口は何を言いたかったんだろうね」

 分からない?

 と藤堂道哉に言うと、

「えっ、分かってんのかよ」

 と浅野。

「分かってんなら、最初に言ってよー」

 と豊洲。

「知りたい……」

 と駒沢。

「推理を聞かせてほしい」

 と藤堂も言う。

 簡単なことだよ。

 みんなも気づいてたけど。

 ほら、さ。

 ダイイングメッセージ。

 ミチのミ。

 三画目。

 二重に重なってる。

 それと。

 ダイイングメッセージ。

 ミチのチ。

 一画目。

 左から右に書かれている。

 ミチ。

 じゃなくて。

 ミンナ。

 なんだよ。

 と。

 みんなに言う。

 みんなは、なるほど。

 と頷いていた。


 探偵ゲーム。

 面白かったね。

 それじゃあ、さ。

 私。

 まだまだ。

 矢口君。

 刺し足りないから。

 いい?

 私は。

 みんなで刺した。

 ナイフを手に持って。

 矢口君を。

 何度も何度も。


 死後硬直なのだろうか。

 矢口君の体には。

 ミチミチと弾力があった。



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