第10話





 夕食で使った食器を洗っている手を止め、静にお風呂に入ってもらおうと、バスルームまで案内した。一通りの説明をして、バスルームを後にする。

 キッチンへ戻り、残りの食器を洗う。


 さすがに今日はおとなしくしていた方がいいよねぇ…



 リビングへ行く。テレビの電源を入れ、映画を選ぶ画面を表示させた。

 私が入浴している間、静が退屈しないように映画でも観ていてもらう。

 まだ戻ってこない静を待つ間、ソファに沈み込む。

 昨夜はいつにも増して眠れなかったのと、緊張が少し和らいだせいで、瞼が重くなる…



「夜来さん」


 …誰かが呼んでいる…


 ハッと目を開け、声がした方をむく。

 スウェットを着た静が立っていた。

 スウェットすらも着こなしてしまうスタイルの良さと、美しさに見惚れてしまう。

 お風呂上がりの静は、妙に色っぽく目のやり場に困る。

 わざとらしい咳払いをして、ソファに座り直す。


「生徒会長、私がお風呂入ってる間、映画でも観ててよ」


「そうさせてもらうわ」


 そう言いながら、私の隣に座った。

 距離を取らず、腕が触れている。このまま座っていたい思いを振り払い立ち上がった瞬間、左腕を掴まれ、またソファに座る事になる。


「せ、生徒会長、どうしたの?」


 心臓がいつもの倍以上鼓動している。


「夜、私の名前わかる?」


 以前と同じ質問をされる。

 静の顔を見る。切れ長の目のその奥、漆黒の瞳が風呂上がりということもあり、潤んでいるように見える。

 その艶っぽい瞳から眼が離せない。


「知ってる」


 何故か恥ずかしくなり、それだけ答えうつむいた。


 私の左腕を掴んでいた静の右手は、気付けば私の左手の甲に重なっていた。

 その手から静の体温が、私の体全体にゆっくり浸食してくる。

 それはとても気持ちが良く落ち着く反面、心臓はまた鼓動を速くした。


 今すぐ、静の細い腰に腕をまわし、ソファに押し倒してその首筋に舌を這わせたくなる衝動を、溶け出した理性を集め、全否定した。


 左手の甲を裏返し、静の右手を感じる。私はその手を少しだけ強く握ってすぐ離した。


「好きな映画、観てて」


 そう言い残し、バスルームへ急いだ。




 バスタブの中で伸びをして、ふぅっと息を吐く。

 静はいったいどういうつもりなのか、全くわからない。

 からかっているようにも見れる…

 でも、もしかしたら私と同じ気持ちなのかもと、ここでも自分の都合のいいように考えてしまい、水面をみつめる。

 自分の両手が視界に入る。少し深爪気味の爪は、いつもヤスリをかけているので丸みを帯びている。ヤスリがけはもう癖のようなものになっている。毎日お風呂上がりにしている日課。

 いつでも誰かと肌を重ねる事が出来るように…


 普段なら、今日もヤスリがけをするのが当たり前だが、何故か後ろめたいような、咎められているような気がする。本気で好きになってしまった人には、そう簡単に手は出してはいけないと感じる。


 もし、今日もいつものように肌を重ねたら、体は気持ち良くなると思う。でも心はどうか?

 私は静に、他の人達と同じ感じで触れられていると思ってほしくない…

 本気で想ってしまっているのだから、軽い好きだと思ってほしくない。


 さすがにちょっと重いかな…


 昨日から続く、もう何度目かわからないため息をつきながら、バスタブから立ち上がり浴室を後にした。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る