魔法使いと弟子のありふれた日常

丸山 令

弟子と共に、未知について語ってみた?

 王都を眼下に臨む小高い丘の上には、奇怪な形状の屋敷が、ひっそりと佇んでいる。


 白い月が上空で冴え冴えと輝き、森の木々が寝静まる時刻。

 玄関前で馬から飛び降りた男は、服に積もった雪を払い落とすのもそこそこに、急ぎ屋敷の中に駆け込んで行った。

 


「トゥルー」


 

 室内は真っ暗で、返事はない。


 それに構わず、男はランプを片手に屋敷の奥へ進み、突き当たりの部屋のドアを叩いた。



「トゥルー。入るぞ」


 

 その部屋の天井はかなりの傾斜で傾いており、そこには大きな半球状の玻璃が嵌め込まれている。


 その透明なドームの真下。

 雪のような白髪の少女が、ぼんやりと空を見上げていた。


 彼女に足元には、山のような本や実験器具、薬品の瓶類が、無秩序に積み重なっている。


男は慣れた足取りでそれらを避け、彼女に歩み寄った。



「トゥルー? おい。聞こえてないのか? トゥルー師匠」


「…………」



 男は、夢を見ているかのようにぼんやりしている少女の前に立つと、歌うように彼女の名前を呼ぶ。



「っおーい。ゲルトルーデ・ハンネローレ・シュトゥッケンシュミット」


「リズミカルにフルネームで呼ぶんじゃない。魔神が復活したらどうするつもりだ?」



 突如我に帰った少女。

 男は引き攣り笑いを浮かべた。



「それ、なんて呪いの名前だ?」


「人様の名前を呪いだと?無礼者がっ」


「自分で言ったんだろがぃ。ってか、そもそも?聞こえてるんなら、さっさと返事をよこせば良いっしょ? そうすれば、こっちだって、呪文みたいに長い名前をわざわざ呼ばずに済むんだが?」


「ええいっ!弟子のくせに、生意気なやつだ」


「そんなことより、トゥルー。依頼された薬の件、そろそろ出来上がるんだろうな?」



 トゥルーは一瞬固まり、視線を逸らす。



「…………今、未知について考えていたんだ」


「おまっ! 納期昨日で、今日おれ土下座してきて……」


「宇宙の果てには、一体何があるんだろうな?」


「分かりやすく現実逃避したな?」


「今から光の速度で向かっても、私が死ぬまでに、そこに到達することはできないだろう?

 ならば、例えば世代交代をしていけば……いや。そこに到達した子孫が、私にそれを伝える術がない。また、戻って誰かに伝えようにも、既に惑星が消滅しているだろうから、伝える相手もいまい。

 いや、そもそも、我が子孫はそこまで存続出来るだろうか……」


「自分の意志とは関係なく、あんたの思いつきで宇宙の果てに行かされる子孫が、気の毒でならないよ」


「ああ。何故我々は、宇宙の中心あたりに生まれてしまったのか。もっと果てに近ければ、楽に行ってこれたのに」


「果て付近に住んでたら、きっと先駆者がとっくに調べ終わっているだろうから、既に未知じゃなくなってることだろうよ」


「ほう。私を納得させるとは……フィン、貴様、なかなか賢いな。賢いもの同士を掛け合わせるとどうなるのか……興味が無いこともない。

 貴様も、この麗しきこのスレンダーボディーに興味津々であろう?

 些か不本意ではあるが、貴様を愛人にしてやらんこともないぞ?」


「ふざっけんなよ。このロリババア!かんながけした木材ばりの絶壁を、スレンダーボディーとは上手いこと言うもんだな」


「なにをう?言うに事欠いてロリババアとは、流石に聞き捨てならん。ふふ……不敬罪でうったえてくれよう」


「そうかよ。ならこっちは、二十ほど年上の上司から、愛人になるよう仄めかされてるから、パワハラのうえ、セクハラか?ふむ……ま、良い感じで争えそうだな」


「ぐぬぅ。何と口達者なっ。弟子の心ない言葉がストレスで、私のぷるぷるなお肌がシワシワに……」



 さめざめと鳴き真似を始めたトゥルーの顔面に、フィンはヒタヒタに濡れたコットンを押し付けた。



「おら。アンタが昨年開発した、細胞分裂の回数を生まれた時まで初期化する薬用成分を、ヒタヒタになるまでコットンに浸しておいてやったから、これでも貼り付けて艶々に潤いやがれ!」


「ぐぁぁ。また若返ってしまぅぅ……ん?」


「……は?」


「あ、いや。ってことは、これ。死滅した毛根もリセット出来るかな?」


「……あ」


「よっしゃ。フィン、よくやった!微調整が必要だから、私は早速取り掛かる。

夜が明けたら、お前は王都に下りて、実験に付き合ってくれる人間を数人探し連れて来い」


「りょーかい」



(あー。良かった。これで今年も首の皮一枚繋がったぁ。王宮からの研究資金切られたら、俺ら速攻食いっぱぐれるからなぁ)



 含み笑いを浮かべながら、試験管に魔法薬を注ぎ始めたトゥルーに背中を向け、フィンは安堵のため息をもらしつつ、仮眠のため寝室に向かった。

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