Sunny girl ~ピッチをかける太陽のようなサッカー少女~

Wildvogel

第零章 決断

第零節 仙田陽菜

 二学期初日、八月下旬の月曜日、山取やまとり中学校三年二組、仙田陽菜せんだはるなは始業式終了後、同校の女子サッカー部顧問である塚原和彦つかはらかずひこと職員室内の長いテーブルを挟み、パイプ椅子に腰を下ろした状態で正対してい


「陽菜、君に県内外の十以上の高校さんからオファーが届いている。中には、毎年のようにプロサッカー選手を輩出している高校さんもある。それだけ、陽菜のプレーに魅了されたという証拠だ。だが、あくまでオファーであって、進学が決まったわけではない。進学先を決めるのは、陽菜。しっかりと自分と向かい合い、進学先を決めてほしい」


 塚原はそう言い残し、ゆっくりと腰を上げる。


 彼が職員室内の自分の席に戻ったことを確認し、陽菜は静かに立ち上がり、出口に歩く。


「失礼しました」


 ドアの前で一礼し、職員室を出ると、あたたかく湿気の残った空気が陽菜の全身を包む。


 職員室のドアを静かに閉め、窓越しに校庭を眺め、陽菜は言葉を漏らす。


「私にオファーが届くなんて思わなかったな」


 口を閉じ、右足から踏みだすと、背後から一人の女子生徒に声をかけられる。


「陽菜ちゃん!」


 明るい声に振り向くと目の前には、陽菜のクラスメイトである一条由香里いちじょうゆかりの姿があった。


「何話してたの?」


 由香里が問うと、陽菜は控えめな笑みを浮かべる。


「秘密」


「えー! 教えてよ!」


 由香里の賑やかな声が廊下に響き渡る。


 由香里は陽菜と同じく女子サッカー部に所属していた。


 由香里のポジションはフォワード。


 陽菜は中盤であれば、どこでもこなせる。


 どのポジションでも本職のようにこなす陽菜のプレーは塚原だけでなく、由香里たちチームメイトをも魅了した。


「陽菜ちゃん、中総体であれだけ活躍したから、強豪からオファーが届くと思うんだよね」


 核心を突いたような由香里の言葉に、陽菜の口が開こうとした。だが、陽菜は喉元にまでこみ上げてきた言葉を声にしなかった。


「由香里ちゃん、中総体でゴール量産してたじゃん! 由香里ちゃんにオファー、届くんじゃない?」


 陽菜が話をはぐらかすような言葉を並べると、由香里は謙遜するように首を横に振る。


 二人はしばらくその場で談笑を楽しみ、昇降口に歩んでいった。



 午後六時二分、ダイニングの椅子に腰を下ろした陽菜はテーブルを挟み、父である健司けんじと正対する。


「そうか。それだけ陽菜のプレーが評価された証拠だ。オファーをいただけたことに感謝しないとな」


 健司の言葉に、陽菜は真剣な表情で「うん」とこたえる。


 健司は愛娘の瞳を見つめ、腕を組む。


「一つの決断が人生を大きく左右する。有名選手と競い合うか、勉学を優先するか。陽菜の将来は、陽菜で決めてほしい。進学先がどこだろうと、お父さんは陽菜を応援しているぞ」


 陽菜は父の言葉に「ありがとう」とこたえるように小さく頷くと、テーブルに飾られた写真を眺める。


「お兄ちゃんは、勉強優先で山東やまとうを選んだんだよね……」


 写真には、母ののぞみと兄の陽太ようたの姿がうつされていた。


 七歳離れた兄、陽太は県内に拠点を置くプロサッカークラブ、ウィルドウォーグ山取所属のプロサッカー選手だ。中学校時代まではまったくと言っていいほどの無名選手だった。


 だが、高校入学後に花開き、高校サッカー界で名を轟かせる選手に成長し、プロサッカー選手の仲間入りを果たした。


 陽菜は小学校時代、陽太に山取東やまとりひがし高校男子サッカー部について尋ねたことがある。その際、陽太から耳にした言葉で山取東高校に興味を持ち始めた。


 中総体終了後、陽菜は陽太の出身校である山取東高校を受験しようかと考えていた。


 だが、新学期初日に進学先の候補が増えるような話が塚原を介して陽菜の元に届けられた。


 山取東高校か、それとも違う高校か。


 写真にうつされた陽太の姿を眺めながら考えているうちに、ご飯茶碗がテーブルに置かれる音が陽菜の耳に届く。


 視線を左にうつすと、笑顔を見せる希の姿があった。


「ゆっくり考えなさい、陽菜。あなたの将来のことなんだから」


 希はやさしい声でそう言い残し、キッチンに歩んでいく。


 陽菜は希の後ろ姿を見つめながら小さく頷き、ご飯茶碗に盛られた光り輝く白色を眺めた。



 食事を済ませ、寝室の椅子に腰を下ろした陽菜は天井を眺める。


 そこから三分ほどして「うーん……」と言葉を漏らし、ゆっくりと目を閉じる。すると瞼の裏に、高校時代の陽太たちの姿がうつしだされる。


 陽太が強豪校の選手からボールを華麗に奪う映像が流れたところで、陽菜はゆっくりと目を開ける。


「強い学校相手に向かっていくお兄ちゃんたち、ほんとにかっこよかった。お兄ちゃんの話を聞いてから『強い学校を倒したい』って思うようになった。お兄ちゃんたちが強い学校と戦ってる試合を観戦してさらに。強い学校でプレーすることも魅力的。でもやっぱり、私は……」


 その先の言葉を声にすることなく、陽菜は何かを決断するように首を縦に振り、力強い眼差しを正面に注いだ。



 九月下旬の月曜日、職員室内の椅子に腰を下ろした陽菜は、正面で構える塚原に告げる。


「山東を受験します」


 陽菜の凛々しい声に、塚原はエールを届けるように頬を緩め、小さく頷いた。



 

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