(第二篇)昼のQ町十字路交差点
いま横断歩道の信号は赤だった。信号待ちの歩行者たちの頭上に、秋晴れの澄んだ昼の空があった。直進する車が流れていた。左折のために停車中の先頭の車に、若いカップルが乗っていた。運転席の男は前方を見ながら煙草を吸っていた。助手席の女は全開にしたサイドの窓枠に片肘を置き、その上に顎を乗せて路面を見つめていた。こゝろここにあらずか、いやそれはいま女の指先にあるのか、彼女は右腕をダランと車外に垂らして、白いドアの腹の上で指先を小刻みモミ合わせていた。糸屑か、あるいは自分の茶髪の一本でも指に摘んで、退屈しのぎに弄ぶかのような仕草にも見えた。通り向こうのローソンから片手にビニール袋を下げて、赤ん坊を前に抱いた若い女が出て来て、駐車中の車のドアを開いた。
横断歩道の向こう側に信号待ちの少女がいた。少女は、手提げのスクールバッグから白いイヤホーンのコードを延ばして耳に繋いでいた。少女はいま顔を左方向へ向けて、ジッと見入るか、それとも聞き入るかしているようだった。少女の視線の先には、二階建てのビデオのレンタルショップがあった。少女を挟むようにして、向かって彼女の左側にデイパックを背負った老男が、右側には自転車にまたがったまま片足をペダルに掛けた少年がいた。彼らの背後、路地奥の電線に鴉が二羽止まっていた。ローソンとマンションの間のその小道は山裾の新興住宅地へとつづいていた。
信号が青になって歩行者が渡り始めた。少女はなおも音楽に聴き入っているのか、ちょっとうつむき加減にこちらと正対して歩いて来ていた。で、脇に退かなければならなかった。すれ違いざまに見る少女の横顔の眉は、短く細めに整えられていた。振り向いて見ると、横断歩道を渡り終えた少女と老男は右へと歩いて行き、少年は自転車を漕いで丁字路を直進して行った。
歩きながら見る通り向こうのバイクショップの店先に、新車のオートバイが七、八台くらい横に整列して並んでいた。店のガラス壁面の上の黒壁には、「Harley Davidson」とオレンジ色の英文字のプレートが取り付けられてあった。それは、日暮れの店仕舞いのあと、ライトアップされてオレンジ色を濃くして宵闇に浮かんだ。が、いまはお天道サマはまだ空高くにあった。出番待ちの「Harley Davidson」のオレンジ色のプレートは、黒壁の地色とともに、どうと言うこともなくまだスッピンでそこにあった。
小文書き留め帖 一枚懐紙 @mizugoromo
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