彼女は陽キャで私は陰キャ

輝 静

第1話 私の彼女

 学校に必ず一人くらい、誰もが知っている人気者がいるだろう。その我が校の人気者が私の幼馴染兼恋人の七木純蓮ななぎすみれだ。どっかの国のクォーターで、日本語しか話せない日本人でありながら、色素の薄い茶髪に碧眼という、陽キャになるべくしてなった見た目をしている。黒髪黒目の純日本人の見た目をしている私からすれば、少々羨ましく思う。


 加えて性格も明るくて、優しくて、人の悪口を言っているところなんて一度も見たことがない。

 そんなだから、彼女は昔からモテてた。

 それが面倒だったのだろう。だから彼女は、たまたま告白現場に鉢合わせてしまった私を彼女に仕立て上げて、断る理由を作り上げた。

 中学でクラスが離れて以降、徐々に疎遠になっていた幼馴染が急に恋人に昇格とか、とんだサクセスストーリーである。告白されたことがないノットイコール恋人がいないという方程式を私という存在が証明できてしまっている。


 そんな存在が高校に上がると共に消え失せるかと思ったが、運命の悪戯か、進学先に彼女がいた。彼女の事だからもっと頭良い高校に進むかと思っていたから、高校も同じなのは嬉しい誤算ではある。

 高校には他に知人がいない為、誰に言うでもない隠された関係ではあるが、お互いがお互いを認識できる環境に身を置いている以上、自然消滅の可能性は消え失せた。それに何より、フり文句の定番である、恋人がいるからを嘘なく使えるっていうのは、彼女からしたら好都合なのだろう。


「どしたー? 七木さんじっと見てー。惚れたかー?」


 後ろから私の頬を両手で挟み、上から顔を覗き込んだ、高校デビューで思いっきり満喫しているであろう、金髪に毎回違う瞳の色をしている小森小夏こもりこなつがヘラヘラと笑みを浮かべて話しかけてきた。

 こんな見た目をしているのに、陽キャグルでも二軍グルでもなく、ただアニメが好きってだけで私といる事を選んでくれたのが驚きである。


「可愛いなって思ってただけだよ」

「そうかそうか〜。でも七木さん恋人いるらしいから惚れちゃダメだぞー」


 その恋人は私なのだけれど。

 でも、彼女からしてみれば、急拵えきゅうごしらえでその場にいた知人を恋人にしただけなわけだし、小夏の言う通り、惚れて好きになられるのは困るだろう。


「まさか。ならないよ」


 私は小夏の首に腕を回し、額同士を合わせる。

 小夏はそれに応えるように、額をぐりぐりと左右に動かす。


「甘えんぼさんめー!」


 側から見れば、私と小夏の方が恋人だ。

 彼女とは学校でも一切話さないし、同じ方向でも一緒に帰宅しないし、デートも行かないから、彼女と接点があるとすら思われないだろう。


「仲が良いね」


 小夏と戯れていると、そんな声が聞こえてきた。彼女の声だ。

 視線の中心は小夏に注がれて、まるで私は背景のよう。


「七木さんおはよう!」

「おはよう、小森さん。……藍川依吹あいかわいぶきさん」

「おはよう……」


 聞こえたのか聞こえていないのか、彼女は言葉を続けた。


「見ていて微笑ましいけれど、あまりはしゃぎすぎないようにね。人にぶつかるかもしれないから」


 それだけ言って、彼女は再び男女問わず囲まれている自分の席へと戻っていった。


「七木さんに嫉妬されちゃった〜!」


 嫉妬……違うと思うけど。ただ少々目に入りやすい事していたから気になった。ただそれだけだと思う。


「小夏は七木純蓮さん好き?」

「七木さん優しいし美人だから好きだぞー!」

「そっか。私は、よく分からない」

「恋か!」

「違うよ。住む世界が別すぎて」

「依吹っちもコミュ力鍛えれば陽キャの素質あるぞー!」

「私がこの世で最も苦手な事ですねそれ」

「話せば話せるから素質はあるぞ!」

「それは小夏さんが話しやすいからです」

「さりげなく誑し込むな依吹っち! 悪い女め〜」

「わわっ⁉︎ も〜」


 小夏は私の膝に座り、思いっきり体重をかけてきた。


「ところで依吹っち!」

「はいなんでしょう」

「英語の宿題見せて!」

「それが狙いか悪い子め〜」

「あははっ! くすぐったいよ依吹っち!」


 小夏に英語の宿題を渡すと、そのまま私の筆記用具を使いながら写していく。

 小夏の丸まった背中をスタンドに、スマホをいじる。


 ホームルームの時間になっても小夏は変わらず離れない。


「小森〜自分の席戻れ〜」

「はい先生! 今のあたしはここが自分の席です!」

「いいから戻れ」

「そんな⁉︎ 先生、あたしと依吹っちの仲を引き裂こうっていうの⁉︎」

「も・ど・れ」

「うぅ〜依吹っち、必ずまた会いにくるからね。それまで一人で耐えるんだよ」

「うん、ばいばいー」

「うぅ、離れたくないのはあたしだけだったか」


 小夏は少々芝居がかかりながら元の席へと戻っていった。

 普通の人ならば、周りから時間取らせるなよって思われるだろうけど、小夏は人付き合いが上手いから、微笑ましいに落ち着く。周囲から発せられる、全く、小森は〜、小夏は〜って言葉がその証拠だろう。皆に愛されている姿、尊敬するよ。


◇◆◇◆◇


「うぇ〜ん。依吹っち〜眠い〜」

「次体育だから目は覚めるよ」

「眠くて動けない〜」

「えーもうー」

「おんぶして〜」

「私は小夏のママじゃないよ」


 そうは言いつつ、背中に乗られてしまったので、二人分のジャージを持って更衣室に向かう。


 首元に掛かる息が温かく落ち着いていて、本当に寝ているんじゃないかと心配になる。


「つきましたよ。お足元にお気をつけてお降りください」

「あと五分〜」

「授業が始まってしまいます」


 小夏をそっとイスに下ろして、制服からジャージに着替えていく。

 小夏もノソノソとジャージに着替えている。


 私の腕に掴まって体重をかけている小夏を上手く支えながら体育館に入る。


「こなっちゃんどったの〜? 気分悪いの〜?」


 クラスメイトの入雲いりくもさんが私の方を見て声をかけてきた。


「眠いらしくて」

「それで介護させられてるのか〜いぶっちゃんも大変だね〜」

「うーん、そこまで。人懐っこいのは小夏の良いところだし」

「これは人懐っこいのレベルではないと思うけどね〜」

「うちの依吹っちに変な事吹き込むの禁止!」

「わっ、覚醒した。良かったねいぶっちゃん」


 そう言って入雲さんはいつもの友人達の輪に入って戻っていった。


◇◆◇◆◇


 今日の体育はバスケ。私と小夏は二試合目なので、一試合目は観戦になる。

 小夏は私の膝の間に座り、私の体を背もたれにして一試合目を見ている。

 クラスに知り合いが多いわけじゃないから、自然と視線は皆と同様彼女に注がれる。

 運動にちょっぴり苦手意識があるのは昔から変わらず、ボールが回ってくると、ゴールを目指すより、まずパスを出す事が最優先になっている。


「そういえば依吹っち知ってるー?」

「んー?」

「七木さん、仲良くしていたイケメンの先輩に告られたんだって」

「そうなんだ」

「案の定恋人いるって断ったらしいけどね。七木さんの彼氏ってどんなだろうね。すっごいイケメンだろうね! いいな〜。七木さんに一途に思われて幸せだろうね」

「──彼氏じゃないよ」

「え? ごめん、小さくて聞こえなかった」


 気が緩まっていたのか、ついポロッと声に出てしまった。


「ううん、なんでもない。それよりもうすぐ試合だよ。頑張ろうね」


 小夏の両頬を挟んで、上手く気を逸らす。


 笛が鳴り、一試合目が終わった。一瞬彼女と目が合った気がしたけど、気のせいだろう。


◇◆◇◆◇


「流石は依吹っち! 勝てた勝てた!」

「運動神経は私の取り柄みたいなところあるからね。それに、小夏が上手く動いてくれたからパス出しやすかったのもあるよ」

「いや〜照れますな〜」

「大いに照れていいよ」

「えへへ〜。それはそれとして依吹っち! 日曜出かけよう!」

「え、あー日曜……ごめん、用事があって」

「またー⁉︎ いつも日曜用事あるー!」

「ごめん。来週は空けるから。それで許して」

「約束?」

「うん、約束」


 私は小夏と小指を絡ませて、来週遊びに行く約束をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月24日 18:08

彼女は陽キャで私は陰キャ 輝 静 @S_Kagayaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ