不燃ごみの量子攪乱(BL風味)

柊野有@ひいらぎ

真白透夜@山羊座文学さま近況ノート正直企画

ふねんごみで異界への入口も開いたかもしれん。


「……あーあ。お前な。これで今年二枚目や、湊人みなと

 横浜の片隅のレトロなマンション、十二畳分のフローリング。

 足もとには、大きく割れて散らばった鏡の破片が天井とキッチンをいびつに映し出している。掃除中に派手に転んだ俺が、ハルの持ち込んだ姿見を道連れにしたのだ。


「やってもた! すまんすまん。……俺、生まれてから五枚も割ってきてんねん」

「なんやて? 鏡さんに謝れ! お前の身代わりになって星になったすべての鏡さんに、謝れ」

「すんません、鏡さん。あ、でもさ、この鏡、異世界への入口にもなるいうやん」

「は? 異世界への入口作りすぎや。どの未来と異世界に繋がるつもりやねん」

 ハルが呆れた声を出す。

「しゃあないやん、足がもつれたんや。……いった」

「運動不足やろ。おーい。指切れてるやん」

 ハルが俺の手をさっと掴み、血の滲んだ指先をためらいもなく自分の口に含んだ。

「は?」

 熱と、ふにゃりとした感触と吸い上げる力に心臓が跳ねる。だが、ハルの視線は冷静に床の破片を見つめていた。

「……おい、指。もう血は止まったな。これ貼っとけ」

「……おう」

 受け取った絆創膏を、ひとさしゆびに巻きつけた。


「……鏡は身がわりゆうやん。お前、二十年ちょいの人生で身代わり立てすぎや。呪われる前に、このどうにかせな」

「せやけど、このマンションのゴミ出しルール、もうわけ分からんことになってるやろ。管理組合がAIに運営投げたせいで、ゴミ出しが完全に宗教や。一枚目もまだ捨てられてへんねん」

「おい! どこに隠したんや! 呪われてまうやろ」


          ••✼••


 マンション入り口の壁の掲示板には、先日から始まった『不燃ごみ・新特定処理基準』が貼り出されていた。


        【重要】鏡(銀蒸着)の廃棄について


銀の原子量は107.87。粉砕状態で放置された場合、太陽光および地磁気を乱反射し、低軌道衛星の光学センサーにノイズを与える可能性があります。


現在、低軌道寄りで大西洋上空を通過する超豪華宇宙客船ラグジュアリー・スペースライナー『マジェスティ号』は、これらの衛星データを用いて自動航行を行っています。
当マンションは同船と姉妹契約を結んでいるため、不適切な不燃ごみ廃棄は、航行トラブルの一因とみなされる可能性があります。


 云々。


 以下、AIによる詳細な注意書きが続いていた。


          ••✼••


「……なんで俺が姿見割ったせいで、宇宙客船が落ちるうえに、このマンションまで沈む話になるねん。呉越同舟にも程があるやろ。敵ですらない会ったこともない金持ちと一蓮托生かよ」

「しゃあない。今、これ拡散してるのは、あのメキシコで怪しい情報商材売ってた、怪しい野球チームのツレ……覚えてるか? 健二や」

 ハルがスマホを見せる。

「あいつの組織、今やAIボット使って、こういう『船んゴミ出し啓蒙』で世論を煽って、特定の廃棄物処理会社の株動かしてんねん」

 画面には、健二から回ってきた怪文書が表示されていた。

「健二いわく、鏡を新聞紙に包んでも無駄らしい。銀の原子から出るスペクトルが、新聞のインクを突き抜けて宇宙まで届くんやと。ゴミ袋自体がアンテナになって、宇宙客船のゴミ処理炉と『量子もつれ』を起こすらしい」

「は? 新聞紙突き抜ける? それもう放射能レベルやんけ」

「せやねん。でな、バラバラになった鏡の破片ゆうんは特定の角度で重なったらな、太陽光なくても地磁気反射して、衛星のセンサーを直撃する。衛星AIが核爆発と誤認する。航路変更、座礁。マンションは連帯責任扱いで解体対象や」

「んなアホな! ……健二、まだそんなことしてんのか」

「おう。あいつが言うには、不純物の混じった『船んゴミ(ふねんごみ)』こそが、現代の聖杯らしいぞ」


 ハルは鏡の破片を新聞紙に乗せて、さらに一枚目の割れた鏡を持ってくると、新しい破片を厚手のゴミ袋にまとめ始めた。

「混ぜるんや。片方は俺の、片方はお前が隠してた前のやつ。成分をチャンポンにしたら、波長がグチャグチャになって宇宙のAIも居場所を特定できんようになる。これがジャミングや」

「そんなわけあるかーい、……って言いたいけど、健二の言うことやからなぁ。あの野球チーム、ボールにチップ仕込んで飛距離操作してた変なとこ本格派やからなあ。知らんけど」

 背中を丸めて鏡の破片を厳重に梱包するハルに、俺は少しだけ声を落とした。

「悪いな。俺、ほんまそそっかしくて」

「身がわりが五枚も割れたんなら、不吉は全部こいつらに持ってってもらう。お前は、俺の横にいろ。鏡の向こうの未来なんて、行かんでええ」

「……ハル、それ標準語で言うたら、めっちゃ恥ずかしいやつ」

「やかましわ。はよ片付けて、コンビニまで酒買いに行くで」


 窓の外では、宇宙客船のゴミ処理を巡るデマと真実が混じり合い、AIによって数千万件もばら撒かれ、SNSが真っ赤に燃えていた。けれど、この崩壊しかけた世界のなかのマンションの一室だけは、燃えないゴミのように静かで、穏やかな空気を湛えていた。



(了)

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