欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹

第1話 公爵令嬢の戦化粧

「お嬢様……せっかくのお綺麗なお顔が……」


 侍女は、鏡の前に座るメイリーンを見て小さく息をのんだ。


 頬の血色は薄く抑えられ、目元の印象も弱められている。

 艶を誇っていたココアベージュの髪は、あえて光を殺すように整えられ、華やかさはどこにもない。


 それは、化粧というより――変装だった。


「大丈夫よ。寝る前にはちゃんと落とすから」


 メイリーンは穏やかに答え、筆を置いた。


 鏡に映るのは、“地味な公爵令嬢”。

 かつて王都で囁かれた、美しい少女の面影は、意図的に覆い隠されている。


 ――これは戦闘準備だ。


 王太子と、その背後に群がる者たち。

 彼らがどのような目で人を見、どのように扱うのかを、近くで確かめる必要があった。


「……私は、心配です」


 侍女は声を落とし、言葉を選ぶように続ける。


「遠征からお戻りになったばかりで、その……評判の良くない王太子殿下と婚約だなんて……」


 メイリーンは、鏡から目を離さずに答えた。


「だからこそよ」


 声音は静かで、感情の揺れはない。


「陛下もお父さまも外征中。その間に、王宮がどうなっているのか、王太子が何をしているのか……見ておかないと」


 侍女は言葉を失う。


「婚約していれば、東宮にも立ち入れるようになるでしょう?」


 それは甘い期待ではなく、立場を利用した冷静な算段だった。


 メイリーンは最後に、伊達の眼鏡を掛ける。

 視線を遮るその小道具は、彼女の印象をさらに弱めた。


「必要なのは、“弱く見せる顔”だけだもの」


 そう言って、静かに微笑む。


 その表情は、鏡の中ではひどく地味だった。


 今日から、彼女は“地味な婚約者”を演じる。

 敵の牙が届く距離で、何も知らないふりをして。


 この婚約劇も、王宮に溜まった腐敗も。

 すべてを終わらせるために――。

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