庭の木にいるお兄さん

【流浪者】天地まう

1日目

 また、夏が来た。でも記憶の中の夏とは少し違って、セミが煩くないし、何より、あの人達がいない。

 慣れ親しんだはずの畳が、こんなに寂しく感じるのは何故だろう。ダラダラと横になりながら、私は考えた。

 駄目だ、気が乗らない。気分転換に外の空気でも吸おう。つい数分前に家に入ったばかりだけど。

 玄関を出て、広い庭を歩いてみる。懐かしい思い出が次々と浮かんでくるけれど、結局それは思い出に過ぎなくて、もう、見ることの出来ない景色だ。

 家を中心にして広がる庭は、一人で歩くにはやはり広すぎる。でも、半周するのにそこまで時間はかからなかった。

 ふと、家の裏にあった木に目がいく。枝も幹も太くて立派な木だ。こんな木、あったっけ。

「あったよ。キミが見ていなかっただけで」

 感傷に浸り過ぎたせいで、自分の中で別人格を生み出してしまったようだ。脳内で爽やかな男性の声が再生される。

「別人格じゃないし、脳内で喋ってる訳でもないよ。キミの目の前に居るじゃないか」

「えっ?」

 思わず辺りを見回す。こんな田舎に、若い男の人がいるなんて。いやそれよりも、さっきから私は一言も話していないのに、会話が成立していることがおかしい。どういうこと?

「オレを見つけたら教えてあげる」

 ほら、また返事をされた。というか見つけるって何?かくれんぼしてる訳じゃないんだけど。せめてヒントちょうだいよ!

「えー、しょうがないなぁ。上だよ、上」

「上?」

 正面にある木を見上げてみる。すると、葉に隠れて顔は見えないものの、浴衣を着た男の人が枝に座っていた。

「もしかして、貴方?」

「そうそう正解!じゃ、降りるから少し離れてー」

 彼は座っていた枝からお尻を滑らせて飛び降りた。

「ちょ、危ないですよ!」

「慣れてるから大丈夫。キミ、あの人達のお孫さんでしょ?」

「あの人達って、ここに住んでた人のことですか?」

「そうだよ。オレあの人達とそれなりの仲だったから、キミのこと知ってるんだ」

「そう、なんですか」

 祖父達がこんなに若い人と知り合いなんて、知らなかった。

「オレそんなに若く見える?ありがとうー!これでもオレ、結構歳いってるんだよ」

「……さっきからやってるそれ、なんですか?」

「え?それって?」

「私の頭の中覗いてる、みたいなやつです」

「あぁ、これね!実はオレ、人の思考が読める超能力者なの」

 この人、やっぱり不審者かも。通報しようかな。

「通報はやめて!!キミに危害を与えるつもりは無いから!」

「……本当に読めるんですね」

「そうだよー。あ、自己紹介がまだだったね」

 男の人は背後の木にもたれかかりながら、言った。

「オレは桜!よろしくね」

「桜……素敵な名前ですね」

「ありがとう!キミ、人を褒めるの上手だねー」

「では、私はこれで」

 色々おかしくはあったけど、いい気分転換になった。早くやることやっちゃわないと。

 踵を返し、来た道を戻る。

「え、ちょっと、キミの名前は?!おーい!」

 背後の声を無視して、私は家の中に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る