クリスマスのお手伝い
結城暁(ユウキサトル)
第1話
昔々、あるところにエルという子どもがおりました。
エルはクリスマスもサンタクロースもきらいでした。
だって、クリスマスの時期は寒いし、忙しいのに、街ですれ違う大人たちはみんなうきうき、そわそわしていましたし、子どもたちだって、サンタが来るだの、プレゼントが楽しみだの、うかれてばかりいるからです。
サンタクロースなんて、かってに人の家に入ってくる不審者じゃないか! こっちはやることがいっぱいあって、忙しいのに!
と、エルは雪の振り始めた町中を駆け足で通り抜けていきます。
年始年末はお店がやっていませんから、年を超すために今から買い溜めておかなくてはないので、エルは小さな箱ぞりいっぱいに食料を買い込んで、孤児院まで引きずって帰りました。
孤児院には小さいけれども、みんなが心をこめて飾ったクリスマスツリーがあります。もちろん靴下だって吊り下がっていました。穴の空いた靴下だって吊るされています。
エルはツリーなんて飾るよりも薪にしたらいいのに、と思っていましたが、みんなが喜んで、クリスマスを楽しみにしていますのでk口には出しませんでした。
孤児院の子どもたちはあれがほしい、これがほしい、と口々に言い合って何日も前からサンタクロースにせっせと手紙を書いていましたが、エルは書いたりしませんでした。無駄だと知っているからです。
クリスマスプレゼントはいつも手作りの靴下か、手袋か、マフラーだと決まっています。サンタなんて得体のしれないおじさんが夜中に忍び込んで置いていったのではなく、孤児院の院長先生たちが編んだり、寄付を募ったりして用意してくれたものです。
だから、孤児院の子どもたちはみんないつも古びた服を着ていますが、手袋と靴下とマフラーだけは新しいものが多いのでした。
エルはそれでじゅうぶんだと思っていましたが、他の子どもたちはおもちゃや本をもらう街の子どもたちが羨ましくてたまりません。
もっと良いものをサンタに頼んでほしい、と言っては、先生たちを困らせていましたので、そのたびにエルが「サンタなんて怪しいやつを孤児院に入れるわけがないだろう!」と子どもたちを叱るのでした。
どうせサンタなんていないんだから、諦めろ、とはけして言いませんでした。まだサンタを信じている子どもたちを悲しませたくはなかったからです。
いよいよ明日がクリスマスの、クリスマス・イヴにエルは街の外れに
雪のつもった林で相棒の小さな箱ぞりを引きながら薪を拾っていきます。
薪を半分ほど箱ぞりに積んだころ、林の奥から怒鳴り声が聞こえてきました。
エルが木の陰からのぞいて見ますと、トナカイが七頭、赤い服を着た子どもを責め立てていました。
「サンタ・イリク! あんたにはもう付き合ってられないよ!」
「そうだそうだ!」
「あんたはいつもいつもドジばかり!」
「餌の時間は忘れる、手綱もうまくさばけない!」
「ブラッシングもヘタ!」
「そのうえクリスマスプレゼントの配達には欠かせない、肝心要のソリを壊すなんて!」
「しかもクリスマス・イヴの今日に!」
「クリスマスはもう明日なんだよ?!」
「このままじゃ子どもたちにプレゼントを配れないじゃないか!」
「あんたみたいなドジなサンタクロースのトナカイなんてやってられないよ!」
七頭のうち、ひときわ立派な体躯のトナカイが厳かに言い放ちました。
「先代のサンタクロースにあなたの手伝いを頼まれて今日まで面倒を見てきましたけれど、それも限界です。我々はあなたが立派なサンタクロースになるまでストライキをさせてもらいます」
そう言うと、トナカイたちは空を駆けて行ってしまいました。
「そんな、待っておくれよ、みんながいなくなったら、ぼくひとりでどうやってプレゼントを配ればいいんだい、おおーい、戻ってきておくれよーう」
赤い服の子ども――イリクがどんなに呼んでも、トナカイたちは振り向きもしません。トナカイたちの姿はどんどん小さくなっていって、しまいには空の彼方に消えてしまいました。
「あああ……どうしよう……みんな行ってしまった……。これじゃ、プレゼントを配れない……。プレゼントを楽しみにしている子どもたちがおおぜいいるのに……」
とうとう座り込んで泣き出してしまったイリクにエルは大股に近づきました。
「今まで孤児院のみんなにプレゼントが届かなかったのはおまえのせいか!!」
「ええ?! ち、ちがいます! 誤解です! ぼくは今年初めてプレゼントを配るんです!」
エルの剣幕に驚いたイリクが大急ぎで地図を広げました。イリクの広げた地図には街の半分がくるりと赤丸で囲まれています。
「この赤丸の中がぼくが先代のサンタクロースから受け継いだ配達地区です! 先代が配達をし損ねるなんてありえない!」
エルは地図をまじまじと検分しました。孤児院は赤丸の外にあります。
「なら、うちの孤児院に配達するやつはどこにいる?」
「え? それは、いえ、そのう、守秘義務がありまして……一般人に教えることはできないんです。それにサンタが配達をしくじるはずがありません! なにかの間違いです!」
「おまえもサンタなんだろ? トナカイに逃げられたおまえが、今まさに配達をしくじりかけてるじゃないか。サンタの言う事なんて信用できるか! 教えないなら孤児院にいるみんなの分のクリスマスプレゼントをそこのソリから取ってやる!」
横倒しになって、
「わああ、やめてください!」
「どうせトナカイにストライキされて配れないんだ、おれが有効活用してやる!」
「やめてくださ~い!」
「じゃあサンタの居場所を教えろ!」
「わ、わかりましたあ!」
***
「あああ、どうしよう、トナカイにはストライキされて、守秘義務も破っちゃうなんて……」
ざくざくざく。積もった雪をかき分けながら、エルとイリクは森の中を進んで行きます。
「さっさと歩けよ、イリク」
「うっ、うっ、うっ……」
あんまりにもイリクがめそめそとしていますので、かわいそうになったエルはプレゼントの配達を手伝ってやることにしました。
「孤児院にプレゼントがちゃんと配達されるなら、おまえの配達も手伝ってやるからいつまでも泣いてるなよ」
「本当かい?!」
エルの言葉に涙の引っ込んだイリクは『サンタ・エルギア』の看板のかかった扉を元気良く開けました。
「こんにちは、サンタ・エルギア! プレゼントの配達はどうなっていますか!」
扉を開けた先の部屋は静まり帰っていました。
灯りは一つ残らず消えています。暖炉には灰すら残っていません。家具には布が駆けられてます。まるで人が暮らしている気配がないのでした。
エルが怪訝そうに眉をよせます。
「本当にこんなところにサンタがいるのか?」
「サ、サンタ・エルギア? どこです?」
ふたりは暗い部屋の中をおっかなびっくり進んで行きます。
地下室への階段を降りていくと、大きな体の男が大きなベッドの上で、布団にくるまって寝ていました。
「サンタ・エルギア? 起きてください、サンタ・エルギア!」
「ふわあ、誰だい、せっかく気持ちよく眠っていたのに……」
「なんだじゃありませんよ、サンタ・エルギア! もう今日はクリスマス・イヴですよ! 子どもたちにプレゼントを届けなきゃ! 準備はできているんですか?!」
「ああ、それなら大丈夫。ちゃんと街のおもちゃ屋がプレゼントを届けてくれるよ。おかげでボクはゆっくりと冬眠できるってわけ……zzz……」
それっきり、サンタ・エルギアはうんともすんともいいません。エルとイリクがどんなに騒いでも起きませんでした。
「なんてことだろう! サンタがプレゼントの配達をサボるだなんて!」
「おもちゃ屋へ行こう! 本当にプレゼントを配ってるのか確かめようぜ!」
「うん!」
エルとイリクは走り出しました。
二人は街のおもちゃ屋にこっそりと忍び込みました。
店の奥ではおもちゃ屋が金貨を数えていました。
「
おもちゃ屋の止まらない笑いにエルとイリクはたいそう腹を立てました。
「なんてやつだ!」
「子どもたちにおもちゃを配らないなんて! とっちめてやらくちゃ!」
「気が合うな! よし、おれにいい考えがある、耳を貸せ、おまえの協力が必要だ……ぼそぼそぼそ」
「ぼくの?」
***
「うおっほん、うおっほん。おもちゃ屋の店主はいるかな」
「これはこれは、サンタクロースさん!
いらっしゃいませ、どうされました?」
背の小さい、立派なヒゲのサンタクロースに、店主は腰を低くして挨拶をします。
小さなサンタクロース立派なヒゲを撫でながら、立派な太鼓腹を突き出します。
「ご存知の通り、子どもたちにプレゼントを配るのがわたしたちサンタクロースの使命なのだがね、今年は忙しくてプレゼント作りがほんの少しだけ間に合わなくてね。子どもたちに配るためのプレゼントを用立ててもらいたんだがね」
「えっ!」
店主は驚いた声を上げましたが、すぐさま気を取り直します。
「サンタクロースさんの配るプレゼントにうちのおもちゃを選んでいただけるなんて、光栄です。すぐにご用意いたします。
それで、お代ですが……」
「お代? それはおかしいなあ」
サンタがギロリ、と店主を睨みます。
おもちゃを手に取ったサンタクロースは手近なおもちゃを手に取り、ひっくり返しました。
「ほら、これはサンタクロースが作った印の、サンタマークだ。このマークのついたおもちゃは全部サンタクロースが子どもたちに配るために作られたもの。どうして君のお店に並んでいるんだい?」
「ええと、それは……」
サンタクロースの指摘に店主がへどもどしておりますと、今度は警官がやってきました。
「どうされました、サンタさん」
「い、いえいえ、どうもいたしません」
「あなたは黙っていなさい、店主さん」
サンタがかくかくしかじか、と事情を説明しますと、警官たちはお店のおもちゃを調べ始めました。
「このおもちゃにもサンタマークがついいるぞ。これも、これも、こっちのおもちゃにも!」
「こっちのおもちゃにもだ! サンタマークのないおもちゃを探すほうが難しいぞ!」
「店主、これはどういうことですかな?」
「署までご同行願いましょうか」
「そ、そんな……トホホ」
おもちゃ屋の店主は警察署に連れて行かれました。
「ご協力感謝します」
「いえいえ、当然のことをしたまでです」
「これでプレゼントを配れるな!」
「うん、そうだね!」
ヒゲとビール腹に見せていた詰め物を外したイリクがエルと笑いあいます。
「本当にプレゼントを配達しないサンタが存在しただなんて……。これは由々しき事態です」
サンタ服の上下に身を包んだ大人がこめかみを抑えました。
エルはイリクに言って、サンタ協会に連絡させたのでした。今頃、冬眠をしていたエルギアも到着したサンタ協会の人に怒られていることでしょう。
「通報に感謝します、サンタ・イリク」
「えへへ、それほどでも……」
「それはそれとして、クリスマス物品の破損については報告書、及び反省文を提出するように」
「はい……」
「しかし、困りました。
サンタ・エルギアはすっかり冬眠するつもりでプレゼント配達の準備がこれっぽっちもできていないし、サンタ・イリクのソリは壊れて、トナカイもストライキだんて……。他のサンタも忙しいし、これではクリスマスプレゼントが配れません……」
「それならおれたちに任せてください!
やるぞ、おまえたち!」
「「「「おー!」」」」
エルガ声をあげますと、いつの間に集まっていたのでしょう。孤児院の子どもたちが自分たちの箱ぞりを持って集合していました。
「プロネー班、イリクのソリの修理は終わったか?」
「終わってるよ、エル。なんとかね」
イリクのソリが七頭のトナカイに引かれて姿を表しました。そのうしろからはエルギアのソリがやはりトナカイに引かれています。
「アンドレ班、みんなの準備運動は?」
「ばっちりさ! いつでもいけるよ!」
小さな箱ぞりを引いた子どもたちがやる気いっぱいに手を振っています。その小さな箱ぞりにはプレゼントが小さな山を作っていました。
「ローシュ班、プレゼントの仕訳は?」
「それぞれのソリに分配済みだよ。道順も確認済み」
「ディカイオ班は?」
「見ての通り、ご近所のトナカイさんたちに協力してもらえたよ! みんなおもしろそうだって、やる気満々さ!」
ソリを引くトナカイたちはそれぞれが胸をそらしたり、足で雪をかいたりと、やる気をアピールします。
「よし、それじゃみんな頼んだ!」
「「「「まかせろ!」」」」
小さなソリを箱ゾリを引いた子どもたちはいっせいに街へ散っていきました。
エルはイリクをソリにのせました。
「ほら、おまえはこっち。
エルギアのソリは任せたぞ、プロネー、アンドレ、ローシュ、ディカイオ!」
「そっちこそ、気をつけてな!」
子どもたち四人をのせたソリが雪の上をすべっていきます。
エルは地図を広げました。隣のイリクは手綱を握って緊張しています。
「いいか、イリク。道順はおれが指示してやるから、おまえはトナカイたちに集中するんだ」
「う、うん!」
***
孤児院の子どもたちの活躍のおかげで、街の子どもたちへのプレゼントはすべて配り終えることができました。
その夜、孤児院の子どもたちはめったにない大冒険と、小さなクリスマスツリーの根本に置かれたたくさんのプレゼントに満足して眠りにつきました。
明くる日、院長先生たちが置いた覚えのないプレゼントに首をかしげていました。
「今まで配達できなかったおわびですって……」
「なんのことでしょう。郵便屋さんも知らないと言っていたし……」
「不思議ですねぇ……」
「もしかしたら、クリスマスの奇跡というもの、なのかもしれませんね」
不思議そうに話し合う院長先生たちを見て、子どもたちはこっそり笑いあうのでした。
もう孤児院の子どもたちが街の子どもたちを羨ましく思うことはありません。
だって、みんなが寝静まった夜の大冒険ほど楽しいことはありませんからね!
エルはもうクリスマスのことも、サンタクロースのことも、きらいではありませんでした。
その次の年のクリスマスがきても、太りすぎたサンタ・エルギアは減量が間に合わなくてソリに乗れませんでしたし、サンタ・イリクのトナカイはまだストライキから帰ってきませんでしたけれど、プレゼントの配達にはなんの心配もありません。
孤児院の子どもたちが各々小さな箱ぞりを引いて、クリスマスプレゼントの配達の手伝いをしているからです。
「ほら、ちゃんと前を見ろ。トナカイたちはおまえの視線の先を見てるんだからな」
「はい!」
去年よりもずっと手綱さばきの上手くなったイリクを月明かりの下で、遠くから七頭のトナカイが見つめていました。
「まったく、サンタクロースともあろうものが、ただの子どもに師事するだなんて……」
「でも良い顔つきになったね」
「うんうん、マシになってる」
「ブラッシングが上手になったって、トナカイたちもみんな言ってたよ」
「ねえねえ、これなら戻ってもいいんじゃない?」
「そうだな」
咳払いしたリーダートナカイが言いました。
「まずはブラッシングが本当にうまくなったのか、確かめに行こう」
「そうだね!」
「さんせ~い!」
嬉しそうに跳ねる鈴の音を響かせて、七頭のトナカイは空を駆け下りて行きました。
おしまい。
クリスマスのお手伝い 結城暁(ユウキサトル) @Satoru_Yuki
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