我が社は何でもお売りします

クロノヒョウ

第1話




 『日用品から宇宙船まで、アマゾネスならどんな物でも必ず手に入ります!』

 そううたい文句を掲げた大手通販サイト『アマゾネス』。

 彼らは地球上だけではなく、宇宙の様々な星にまで事業を拡大していた。

 今、そんなアマゾネスの社内では社員たちがパソコンを眺めながらざわついている。

「おい、何だ、どうした」

 その様子を見た男がみんなに声をかけた。

「あ、部長、どうしましょう。惑星コパンから問い合わせが殺到しておりまして」

「何?」

 部長と呼ばれた男は目の前のデスクに座っている社員のパソコンを覗きこんだ。

 そこに書かれていたのは確かに大量の問い合わせだった。

 ――恋愛が欲しいのですが

 ――恋が見つかりません。どれですか

 ――愛をください

「これは……」

 その問い合わせのどれもが恋や愛が欲しいという内容だった。

「部長、どうしましょう」

 みんなが部長に注目していた。

 どんな物でも手に入るとうたっている以上、売っていないと返信するわけにはいかなかったのだ。

「おい、惑星コパンとはどんな星だ」

「はい、最近新規会員登録をしたとても小さな星です。登録情報によるとコパン星人はアンドロイド系のようですね」

 宇宙人と言っても様々な種類がいる。

 あまりお利口さんではない魚系、少し乱暴で体格のデカい動物系、戦闘しか頭にない粘膜系、知能はあるが頭の硬いロボット系、そして知能もあり柔軟に物事に対応できるアンドロイド系だ。

「なるほど、彼らはどこかで恋愛という言葉を知った。だが彼らにとって恋だ愛だは未知のものだ。そこで何でも売っている我が社、アマゾネスに問い合わせしてきたのかもしれないな」

 部長は納得した様子で頷きながら腕を組んでいた。

「よし、とりあえず恋だ愛だは品切れ中だと返信しておけ。入荷予定は未定だともな」

「わかりました。でもどうするのですか。我々も同じアンドロイドです。恋だ愛だは未知のものです」

「ああ、どうするかはみんなで考えるとしよう」

 それからというもの部長をはじめ社員総出で恋や愛について調べた。

 ――恋愛とは特定の人に特別な愛情を抱いてとても恋しく思うこと――

 ――愛とは相手を大切に思い慈しむこと――

「うーん」

 しかし彼らも同じアンドロイド。

 アンドロイドにとってこの恋だの愛だのを理解することは難しいことだったのだ。

「懐かしいですね。我々も何百年か前はこうやって未知の感情というものを必死で調べていましたから」

「そうだな、いくら調べても結局どういうものかわからずじまい、いまだに未知のままだ」

「未知のものを売るなんて、できますかね」

 みんなはいつまでも首をひねっていた。

「そうだ。ほら、ニンゲンが作ったあれ、マンガとか小説とか映画を送るっていうのはどうですか」

 ひとりの社員が言った。

「そっか、恋愛小説だったら恋だの愛だのについて書いてありますしね」

 みんなが頷く中、部長はまだ難しい顔をしているように見えた。

「いや、それは我々も試したじゃないか。かつてニンゲンが作ったものを片っ端から見て読んで勉強した。ニンゲンがどうやって恋をするのかどうやって繁殖してどうやって家族というものを作りどう愛していくのか。その過程はわかったものの恋だの愛だのが何なのかはわからなかった。きっとコパン星人も同じだろう。それで不良品だなどとクレームがきては我が社の信用に関わる」

 部長のその言葉に肩を落とす社員たち。

「そもそも恋だ愛だはニンゲンにしかわからないものだ」

「じゃあ、やっぱり恋や愛は売っていないと正直に言うしかないですよね」

「うむ。そうするしかないようだな。とりあえず上には俺から報告するよ」

 みんなが納得しそれぞれのデスクに戻ろうとした時だった。

「ちょっと待ってください部長。今、ニンゲンにしかわからないって言いましたよね」

「ああ、それがどうした」

「だったら、ニンゲンを売ればいいのではないでしょうか」

「何? ニンゲンを?」

「そうですよ、ニンゲンを売って、後はニンゲンに任せるのはどうでしょうか」

 一気にざわめく社内。

「……なるほど、恋や愛を知っているニンゲンに任せてみるのもありかもだな。だが問題は山積みだぞ。ニンゲン博物館にいる数少ないニンゲンを連れてきて我々が制御した感情を開放しなければならない。そしてその中の誰かが恋愛しないといけないのだからな」

「しかもニンゲンの感情は恋や愛だけではありません。きっと我々に対する恐れや怒り、反発心などの感情も芽生えるかもしれません」

「ああ、それも未知だが仕方あるまい。そうなったらまた感情を抑えればいい。とにかく各地域のニンゲンを一人でも多く集めてくれ」

「はい」

 社員たちは一斉にデスクに座るとすぐにパソコンの画面に向かい合った。

 部長もまたデスクに座り何やらキーボードをたたいていた。

 『日用品から宇宙船まで、アマゾネスならどんな物でも必ず手に入ります! ただし恋や愛などの感情はお時間をいただく可能性がございます』



            完




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