第3話 「No.2ってのは、特等席さ」
その日、私は安アパートのローテーブルで固まっていた。
目の前には、真っ白な履歴書と、途中までしか埋まっていない職歴欄。
短期バイトがずらっと並ぶ。
名前も聞いたことのない小さな会社、数カ月で辞めた正社員歴、ぽっかり空いた空白期間。
見れば見るほど、情けなくなってくる。
(何ひとつ、誇れるものがないな…)
「自己PR」の欄は、さっきから数十分、カーソルが点滅しているだけだ。
PRするほどの“自分”なんて、どこにもない気がする。
スマホで「職歴 ボロボロ 履歴書」と検索しては、余計に落ち込む。
“盛れ”とか“アピールポイントに変換しろ”とか書かれているけど、
変換する元ネタがないのだからどうしようもない。
涙目になってスマホの画面を閉じた瞬間、
黒くなったディスプレイに映った自分の顔の、少し後ろ。
ぼんやりと、見覚えのあるドアの輪郭が浮かび上がった。
(あ、まただ)
ため息なのか安堵なのか分からない息をひとつ吐いて、
私はスマホを置き、立ち上がった。
ドアノブを引くと、やっぱりそこには、あの世界の空気がある。
カラン、とベルの音。
「COFFEE STARS」の店内は、いつもより賑やかだった。
派手な柄シャツに、胸元をラフに開けた男がカウンターの上でトランプをシャッフルしている。
日に焼けた肌、茶目っ気たっぷりの目元。
四十代くらいの、チャラいイケオジだ。
「おっ、履歴書顔、いらっしゃい!」
私を見るなり、その男――ブラジルがニヤリと笑った。
「履歴書…顔?」と聞き返すと、
「その“詰んでる感”満載の表情な。書類と睨めっこした後の客、たまに来んのよ」
とケラケラ笑う。
カウンターの奥では、ロブスタが相変わらず無言で様子を見ている。
モカやグァテマラたちは、テーブル席でのんびりカップを傾けていた。
「よし、タイミングばっちり。今から“なんでもトランプ大会”やるから、おねえさんも参加な!」
ブラジルは私の返事を待たずに、椅子を引き寄せた。
「え、ちょっと、私ゲームしに来たわけじゃ…」と抵抗する間もなく、
トランプの山がどん、と目の前に置かれる。
ルールは簡単。
勝った人が次のルールを決めていい、というカオス仕様だ。
ババ抜き、スピード、大富豪もどき、数字当て。
ブラジルはわざとらしく負けたり、本気で勝ちにきたり、ペースを掴ませてくれない。
「はい、履歴書顔からジョーカー引いた〜!」
「ちょっとその呼び方やめてください!」
気づけば私は、さっきまでの沈んだ気分を忘れて、声を出してツッコんでいた。
グァテマラは「ハンデあげてくださいよ」と笑い、
マンデリンは「嬢ちゃん負けたら腕立てだな!」と余計なことを言っている。
テーブルの端で、ロブスタがディーラー役を買って出た。
カードを配る手つきは無駄がなく、私の表情を、ときどきちらっと見ている。
何戦目かの合間。
ブラジルはトランプをシャッフルしながら、急に真顔になった。
「ブラジルって国だとさ、“No.2”って格付けがあるの知ってる?」
「…成績、とかの?」
「コーヒー豆の格付け。サントスNo.2って聞いたことない?」
「あ、パッケージで見たことあるかも」
ブラジルは、一枚のカードを指の間でくるくる回しながら言う。
「ブラジルの格付けってな、“完璧なんて存在しねぇ”って考え方でさ。
No.1は作らない。だから、No.2が最高ランクなんだよ」
「え、そうなんですか」
「No.1ってさ、“どこにも傷のない完全無欠”のイメージだろ?
でもそんな豆、実際にはほぼない。
人間だって同じ。完璧なんて、現実にはまずいない」
そこで一度、私のほうを見てニヤッとする。
「だからこそ、“人がちゃんと手に取れる最高”がNo.2。
ちょい傷あっても、“うまい”って思ってもらえる特等席さ」
「俺自身もさ、決してNo.1じゃねぇよ」
ブラジルは、軽くカードを弾いた。
その指先は、さっきより少しだけ静かだ。
「若いころ、効率と数字ばっか追いかけて、盛大にやらかした夜があってな。
あの日から、“俺がNo.1名乗っちゃいけねぇな”って思ってんの」
詳しくは語られない。
それでも、サントスの港の雨と、燃えていく豆の山の気配が、
ふっと脳裏をかすめる気がした。
「でもさ」とブラジルは急に笑顔に戻る。
「No.1じゃないからこそ、遊べるし、失敗できる。
ちょっと転んでも、“はい次〜”って言える余白がある」
私は、さっきまで睨んでいた履歴書を思い出した。
短期バイトだらけの職歴。
途中で辞めた仕事。
空白期間。
(全部“中途半端”だと思ってたけど…)
もしかしたら、まだ途中なだけなのかもしれない。
完璧じゃないから、書き足せるスペースが残っているだけなのかもしれない。
立ち上がろうとしたとき、ブラジルがぽん、と私の背中を叩いた。
「いいかいおねえさん。No.1なんてさ、“誰も触れない飾り”だよ。
俺らが目指すのは、ちゃんと手に取れるNo.2だ。
No.2でいいから、前見て歩け」
現実の部屋に戻って、私はもう一度履歴書を開いた。
消そうとしていた過去も含めて、そのまま書くことにした。
穴だらけなのを、“まだ途中のNo.2候補”として、少しだけ愛おしく思いながら。
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異世界喫茶コーヒースターズ 異世界喫茶コーヒースターズ @coffeestars
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