救国の聖女? いえ、私はただの『似合わせ』係です。〜最強の魔術師様、その服の色だと魔力が死んでますよ〜
仙道
第1話:転生したら、推しの顔色が死んでいた
重厚なオーク材の扉が開き、廊下の空気が一瞬にして凍りついたような緊張感に包まれる。 整列したメイドたちの一番末席で、私は頭を下げながら、こっそりと上目遣いでその人物を盗み見た。
(うわ……やっぱり、顔面偏差値が天井突破してる)
現れたのは、この屋敷の若き主であり、王国最強と謳われる魔術師、レオンハルト・フォン・アークライト公爵令息。 濡れたような漆黒の髪に、宝石のアメジストを溶かしたような紫の瞳。陶器のように白く滑らかな肌は、触れたら冷たそうで、まさに「氷の貴公子」という二つ名がふさわしい。
もしも私が前世の日本で美容専門学校に通う学生のままだったら、間違いなく彼をモデルにスカウトするために土下座していただろう。それほどまでに、彼の造形は完璧だった。
けれど。
(……ない。あれは、ないわ)
私は心の中で盛大に頭を抱えた。 彼の完璧な容姿を台無しにしているもの。それは、彼が身に纏っている衣装だ。
燃え盛るような、鮮烈なトマトレッドの礼服。 首元まで詰まった襟には金の刺繍がこれでもかと施され、肩には分厚い飾りがついている。
(どう見ても「ブルベ冬」の人に、その黄みの強い赤は拷問でしょうが……!)
私は雑巾を握りしめる手に思わず力を込めた。
私の名前はアカリ。 一ヶ月前、専門学校の入学式に向かう途中で不慮の事故に遭い、気がついたらこの世界の辺境伯家のメイドになっていた。 ここは剣と魔法の世界。そして、魔術の属性が全てを決定する世界だ。
レオンハルト様の属性は、国でも数人しかいないという強力な「火」。 この世界では、火の魔術師は赤、水の魔術師は青を身につけることが常識とされている。それも、魔力が強ければ強いほど、濃く鮮やかな色を身につけなければならないという謎のしきたりがあった。
だから彼は、あんな目に痛いほどの真っ赤な服を着せられているのだ。
(見てられない。服の色が肌から浮きすぎて、顔色が土気色に見える)
美容の授業で習った「パーソナルカラー診断」。 人は生まれ持った肌、瞳、髪の色によって、似合う色が異なる。 レオンハルト様は、青みがかった白い肌と黒髪を持つ、典型的なブルーベースの「冬タイプ」だ。彼に似合うのは、氷のようなアイシーカラーや、黒、あるいは鮮やかでも青みのあるロイヤルブルーやワインレッドのはず。
あんな暖炉の火のようなオレンジ寄りの赤は、彼の透明感を殺し、目の下のクマを強調し、顔全体をくすませてしまっている。
「……っ、ぐ」
私の前を通り過ぎようとした瞬間、レオンハルト様が苦しげに胸元を押さえ、よろめいた。
「若様!?」 「大丈夫ですか!」
執事たちが慌てて駆け寄る。 レオンハルト様は額に脂汗を浮かべ、荒い息を吐いていた。
「……構うな。いつものことだ」
その声は低く、そして重い。 周囲のメイドたちが「また魔力酔いだわ」「魔力が強すぎて、お体に負担がかかっているのね」と囁き合うのが聞こえる。
(違う。魔力が強すぎるせいじゃない)
私には、見えていた。 彼の体から溢れ出ようとする銀色の美しい魔力の光が、あの赤い服にぶつかって、行き場をなくして濁っているのが。
服の色が放つ波長と、彼自身の魔力の波長が、恐ろしいほどに喧嘩しているのだ。 あれでは、サイズの合わない靴でフルマラソンを走らされているようなものだ。立っているだけで体力が削られていくはずだ。
「……はあ、はあ」
レオンハルト様が、苦し紛れに襟元を緩める。 ほんの少し、首元から白い肌が覗いた瞬間、詰まっていた空気が流れるように彼の呼吸がわずかに楽になったのが分かった。
(やっぱり! その服が原因よ!)
彼に必要なのは、高価な薬でも、魔力抑制の腕輪でもない。 ただ、「似合う服」に着替えること。それだけなのに。
彼が去った後の廊下で、私は決意した。 ただのメイドの分際だけれど、これだけは放っておけない。美容師の卵としてのプライドが、そして何より「素材の良さを殺すダサい服」を許せない私のスタイリスト魂が叫んでいる。
「待っててください、推し様。その死んだ顔色、私が絶対に生き返らせてみせますから」
私は握りしめていた雑巾を、決意の証のように胸に抱いた。
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