暗赤色の手を掲げて

佐藤一彦

暗赤色の手を掲げて

 地方都市の廃れた商業ビルの屋上に、舞う男がいた。真っ黒なタートルネックニットの上に、上質そうな布のロングコートを着、ボサボサの髪を生やした頭を振り乱している。


 真っ白い顔は、寒さのあまり頬がほんのり赤く染まっている。吐き出す息は瞬時に凍って雪となり、はらはらと舞い落ちていきそうなほどの寒さである。


 顎に置いた手で、頰を撫で上げる。すると、彼の美しく白い肌が暗赤色に染まった。よく見れば彼の手も同じ色に染まっている。


 荒涼とした屋上の平場で、男のステップの音と荒い息遣い、そして笑い声が響く。まさに狂喜乱舞、正気の沙汰ではない。

 雲一つない、濃紺の空を仰いで、彼はただただ舞っている。


 今にも頰を割いて耳にまで広がらんばかりに開かれた口から、この世のものとは思えないような、悪魔と呼ぶに相応しい笑い声が漏れている。


 ビルの下に広がる街の明かりは、おそらく一年で最も色彩豊かに輝いている。

 アーケードでは鈴の音が鳴り響き、様々な装飾を施されたモミの木が屹立している。


 暗赤色にまみれた手を、頰を、すべてを振り回して舞う男の目には、何が映っているのだろうか。

 いや、何も見えていないのかもしれない。

 あるいは、先程自らの手で殺した男の残像が、その網膜に焼き付いて離れないのかもしれない。


 聖夜の街に、人知れず、哀しき殺人鬼の嘆きが響いている。

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暗赤色の手を掲げて 佐藤一彦 @satosatoann

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