スケッチブック

植田伊織

知は守りなり

 「知は力なり」という言葉を信じて、片っ端から文献を読んだ。


 コミュニケーションが下手だと言われ、社会の方からは幾重にも‟お祈り”ばかりが積み重なった。

 けれど私は、他にどう生きればいいかわからなかったから。

 頭でっかちと馬鹿にされ、いい学校出てるのにこんな事も出来ないの、と嘲笑われ続けても、本を読んだ。


 ある日息子が、頭から泥水をぶっかけられた。


 相手は海外の人のこども。公園の蛇口で水遊びをしていたこどもの中で、一番目立つ子を「制裁」したのだ。


 「日本から水が無くなるぞ!」


 そう叫び、徒党を組んで、泥水を他人の頭からかけるその姿を見て、私の心に積み重なったまま眠っていた知が、産声をあげたのだと思う。


「うちの子は、水遊びの先導者じゃない。たまたまそこに居て目立ってしまっただけの、他に水遊びをしていた子達と、同じ人間だ。

 君たちは、君たちの思い込みで目立つ息子をリーダーにしたてあげ、話し合いもせず武力行使に及んだ卑怯者だ。

 それに反論があるなら今すぐに、同じ、水遊びをしてたこどもたち全ての頭に、泥水をかけてきなさい!

 それが出来ないのに息子だけ制裁を加えるのは、やりやすい獲物相手に、正義の衣に包んだエゴを押し付けるにすぎんだろうが!

 アンフェアだぞ! いますぐ行けよ!」


 大人げないと言われれば、そうかも知れない。

 でも、私の目の届く所では、正々堂々とした勝負しか許さない。


「帰ろう」


 言語障害があって喋れない息子は、にっこり笑って、こんなのへっちゃらだよ! と言う風に、頭の泥を払ってみせた。

 私は電動自転車にこどもを乗せて、目をしっかりと合わせてゆっくり言った。


「いい? 君が、あんな理不尽に合わなくてはいけない道理は、一切無い!

 君は、尊重されて当たり前なんだ。覚えておきなさい」


「知を力」に変える人生は送れなかったかもしれない。

 でも、「知で大切な家族を護る」そういう母にはなれた気がした。

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