スケッチブック

植田伊織

『真実の白は売っていない』

「あの子は俺が守ってやらなきゃ駄目なんだ」


 慎二はそう言って、あの子の肩を抱いて去った。


 ダッフルコート越しでもわかる、華奢な体躯。硝子細工みたいに繊細で、美しい顔立ちのあの子を彩る長い睫毛に、雪の結晶がふわりと落ちた。


「先輩……ごめんなさい、本当に、本当に……」

「やめろ、全ては俺が悪い。責めるなら俺を責めてくれ」


 二人の間で完結している物語に今更入れないでいる私は、間を取り持つ言葉を言いかけて……辞めた。

 それは自分を守る為でもあり、私の言葉なんて彼らにはもう届かないのを知っていたから。


 誰にも迷惑をかけまい、自分の足で立つ事を目標に生きていた。それが可愛くないと映ったのなら、慎二はそういう男なのだろう。わかっている。わかっているけれど……。


 ありのままの自分でいるだけで、誰かにとっての異分子になってしまう事を初めて知った。


 私だけが努力したとしても、相手が物語から降板してしまえば、何も出来ないと言う、残酷な真実も知ったと思う。


 別れ際、振り返ったあの子は両目に涙をいっぱいためて、深々と私に頭を下げた。

 いつまでも頭をあげない彼女を、慎二が庇おうとして、それを振り払う。


――ああ、いい子。いっその事、悪女だったらよかったのに――


 ビスクドールみたいな綺麗な瞳の、涙袋にきらりと光った、白い輝き。あれは、雪の結晶だったんだろうか、それとも、ロムの新作グリッター?


 あれから私は、白いグリッターばかり集めている。

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