第六話 観測者たち
――千葉県
CIA(Chiba Intelligence Agency)・分析室
「……奴が動き出した」
壁面モニターに映るのは、秩父山病院の外観と、雨の中を去る一人の男の背中。
「秩父山病院に接触したようだ」
別の分析官が端末を操作しながら言う。
「道具は?」
「まだのようだ。どうやら事前調査の段階だな」
室内に、短い沈黙が落ちる。
「何のために、ここに来たのか……」
主任が腕を組む。
「目的が分からん限り、うかつに動けんな」
若い分析官が、冗談めかして口を挟む。
「草加せんべいを買いに来ただけかもしれませんよ」
空気が一瞬だけ緩む。
だが、すぐに打ち消される。
「奴に、故郷を想うセンチメンタルを期待するのは無理ってもんだ」
全員が同意していた。
「我々も、今のところは見ているだけだな」
「ああ……今はな」
モニターの中で、シン・ニシウラワの姿は、秩父の街並みに溶けて消えた。
――群馬県
群馬諜報院・地下執務室
「奴にまとわりつく動きが、目に見えて活発になっている」
暗い部屋で、初老の幹部が低く言う。
「我らも含めて、な」
壁に貼られた関東地図には、いくつもの色付きマーカー。
その中心に、赤い点がある。
「味方に引き入れることができれば……」
別の男が、わずかに身を乗り出す。
「悲願達成に、これほど役立つ駒はないだろうに」
だが、返ってきたのは乾いた笑いだった。
「今の我々に、奴を雇える資金など無い」
一拍置いて、苦々しく続ける。
「県民が、ソースカツ丼を腹いっぱい、自由に食える日は……まだ遠い」
誰も反論しなかった。
現実は、あまりにも重い。
こうして、
シン・ニシウラワという一人の存在を軸に、
各勢力は静かに、しかし確実に動き始めていた。
追う者。
待つ者。
利用しようとする者。
そして――
彼自身が、何を選ぶのかを、誰も知らない。
秩父の山は、変わらず沈黙している。
だがその静けさの下で、
関東全域を巻き込む歯車は、すでに回り始めていた。
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