第五話 秩父、不可視の処方箋
秩父市にある「秩父山病院」にシン・ニシウラワが現れたのは、小雨が降るある日の夕方だった。
山あいに建つ、地元の人々を相手にする小さな総合病院。
林業関係者、高齢者、観光客の軽い怪我――
この町の日常を支える場所だ。
そこに現れた男は、やや不釣り合いだった。
背が高く、引き締まった体つき。
雨に濡れたコートの下に、町とは別の時間を生きてきた気配を隠している。
だが、声は穏やかだった。
受付で、短く頭を下げる。
「院長先生に、診ていただきたいのです」
その柔らかい言葉に、受付嬢は一瞬だけ戸惑い、やがて番号票を渡して待合室を指した。
待合室に流れるのは、雨音とテレビのニュース。
壁の張り紙は色褪せている。
やがて番号が呼ばれ、診察室に入ると、長身で口ひげの似合う院長が立ち上がった。
「どうされました」
柔和な表情。
シンは言葉を返さない。
代わりに、机の上で指を動かす。
声での会話とは異なる内容の、静かなやり取り。
数秒後、院長は小さく頷いた。
「……なるほど」
それ以上は聞かない。
診察を終え、受付で処方箋を受け取ると、シンは病院を出た。
小雨はまだ止んでいない。
軒下で足を止め、
シンは処方箋を一瞥する。
紙面には、薬品名と用量。
ごく普通の印刷。
だが、その中に埋め込まれた、不可視の二次元コード。
肉眼では認識できない、情報の層。
そこには――
彼が必要としている情報が入っていた。
シンは処方箋を折り、コートの内側にしまう。
秩父の山は、今日も静かだ。
だが、この町には、今も確かに、見えない情報の流れが息づいている。
小雨の中、シン・ニシウラワは歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます