電車

紅となり

電車

「まもなく3番線に電車がまいります…」


風になびいて顔に張り付く髪がうざい。

短かくした制服のスカートはホームの風でめくれやすく、重い課題を肩にかけながらスカートを押さえるのは至難の業。

放課後、この時間のプラットホームは色んな制服事に固まってうるさすぎて、アナウンスすら聞こえづらい。

学生に紛れている大人達。


(この時間に電車に乗るスーツの人って、仕事何やってるんだろう…)


荷物が重すぎて携帯すら見るのがめんどくさくて、人間観察をしながら電車が来るのを待つ。


(座れるかな…)


目の前を勢いよく突っ込んできた電車。

竜巻に巻き込まれたかのように吹き上がる髪。


降りた人を確認して人波に紛れながら乗り込んだ。

そこまで混んではいないけれど、座れる場所はない。


仕方なく課題の入った重い荷物を足元に置く。

扉はまだ閉まらない。


ふと顔を上げると何かがおかしい。

理由がわからない違和感に、周りを見渡す。


(あ…中刷りがないのか…)


人々の頭の上を眺めていると、路線の次の駅名が目についた。


『魑魅魍魎』


(え?…なんて読むの?)


ゆるキャラがジャラジャラ付いた携帯をカバンの中から取り出し調べてみる。


(ち…み…もうりょう……化け物?)


周りを見渡す。

人々はいつもと変わらず、さっきいた他校の学生達もちゃんと乗っている。ざわざわと音も聞こえる。


(いつもの電車だよね?掲示板間違えてるの?)


魑魅魍魎の先に書いてある駅名を見てみる。


『等活地獄前』


「えっ?」


思わず声が出た。

予想外の声の大きさにも関わらず、誰もこちらを見ない。


等活はよくわからないけど、地獄くらいは読める。


何が起きてるのかわからない。

分からないけど間違えた。


(降りなきゃ!)


思ったと同時に扉が閉まった。


(まずい!この電車に乗ってたら二度と帰れない!)

そんな直感がよぎる。

動き出した電車。

後ろの車両に乗っていた香織は課題を置き去りにして、前の車両に向かって走り出した。

人が邪魔で上手く進めない。

隣の車両に移る。

顔を上げて次の駅を確かめてみる。


『魑魅魍魎』


また人混みをかき分け走る。

どの車両も次の駅は

『魑魅魍魎』


既に走り出してる電車。

都会にいたはずなのに、窓の外の風景が森林になっている。

電車はどこまでも続く山に向かっている。思わず足が止まる。

逃げ場はない。

ないけど逃げたいからまた車両を走る。

前へ前へと…。


「まもなく~魑魅魍魎~魑魅魍魎…」

アナウンスが流れる。


(やばいやばいやばい!!)


1番前の車両にたどりついた頃、電車も『魑魅魍魎』駅に着いた。


扉が開いた瞬間、香織は電車から飛び降り、そのまま走り続けホームから線路へ飛び降りた。

思ったより高さがあって、一瞬躊躇したせいで太ももをホームの角で擦り剝く。

(ぃ…った!)

血が出てるか確認したくなったけど止まれない。


(戻らなきゃ!反対側の電車に乗れば今来た道を戻るはず!)


丁度反対側の電車も駅に止まっている。

どちらの電車も沢山の人が乗り降りしている。


今乗って来た電車の先頭の前を横切り、反対側の最後尾車両を横切りホームに上る。


(まだ扉が開いている!)


滑り込んだ所で扉が閉まった。


香織の本能はまだ危険信号を出している。


まだ止まれない。


飛び乗った車両でも、また前へ向かって人混みをかき分け走った。


前に行くほど人の数は少なく、走りつかれた香織は空いている席に座って、目を閉じ呼吸を整えた。


「はぁ、はぁ、はぁ…」


整って来た所で深呼吸する。


今度は目を開けるのが怖くなった。

電車が動いているのを体感で感じる。


(戻れてる…よね?)


恐る恐る目を開けてみる。


窓の外から夕暮れの西日が差し込んでいる。

いつもと同じ都会の風景。

足の間には重い課題の入ったバックが置かれていた。


(なんだ…帰りの電車で寝ちゃってたんだ。怖い夢見たな…)


西日が前の座席に座っている人の影を落とす。


もう一度目を閉じようとした時、ふと、太ももの痛みに気づく。

と同時に前の人の影が独りでに動き始め、香織の目の前で立体の人型になって表れ、面白そうにささやいた。


「夢じゃないよ」

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