ピザパーティー
響
第1話 トロピカ―ナが好き
パイナップルが入るトロピカーナ。
私は、結構好きだった。この安い八宝菜みたいなピザが。
「ええ~っ。そんなん食べるの、Dさんだけやーん」
だけど、多数決の場合は必ず却下される。
しょうがない。建前上でも、日本は民主主義だもんな。
昼休みにオフィスの皆でシェアする前提のオーダーだから、
常に我が最推しメニューはセレクトから漏れてしまう。
毎回私だけがリクエストして、ほぼ全回愛しのトロピカーナは落選した。
「ま、まっず…」
「うん、ムリ」「これは好きじゃない~」
実は一回だけ試しに頼んでくれたことがある。
その際、見事なまでに大大不評だったのだ。
もちろん、私以外の話。
以来、皆の「食べたい」からめでたく弾かれ続けちゃったわけだ。
甘酸っぱい、可哀想な「トロピカーナ」。
私の好むテイスト自体が、どうやらマイノリティー寄りだったらしい。
あそこで私がトロピカーナに相まみえることは、ついぞなかった。
「好きなの6枚選んで~。6枚全部、六等分するから」
当時のカイシャは駅前。
なのに大通りの一本裏というだけで、嘘みたいに静かになる。
知る人ぞ知るカンジな場所と建物群の、その角っこのビルの8階だった。
まるで穴場? エアポケットみたいだと、ずっと思っていた。
「ダイジョウブ。今日はだあれもおれへんから」
秘密のランチは会議室で。
月一か二カ月一くらい、水曜お昼に皆でピザを取る。
水曜はサービスデイで安くなるからだ。
基本メニュー内で選んで、割り勘にすればワンコインにプラスαか、
最少額紙幣一枚でじゅうぶんお釣りがきた。
『安い! 早い! 旨い!』
おまけに、楽しい!
不定期ピザパーティーの開催である。
毎週にしないのは、役員管理職が居ない留守を見計らうから。
ホントに楽しかった。すごく平和で、満ち足りた時間。
「ここ、ユルくて快適やろ? 給料はシャレにならん安さやけどな」
こんなカイシャもあったんだ―。
お給料を貰う以上、仕事は辛くて苦しいもの。
会社なんて居心地が悪くて当たり前。
嫌でも行く。吐きそうになっても、毎日行く。
どんなに削られても、我慢する。
そんな悲惨な固定観念からしたら、
ピザパーティーできる環境は、さながら未知の領域だった。
「Dさん、辞めんとずっと居ってよう~」
理想的な職場だった。
だって、定時に来て夕方には帰れる。
何より、お昼がきっちり一時間取れた。
女性は六人。平均年齢は余裕の四十歳超えで、つまり全員が大ベテラン。
なのに皆気さくで親切で、本当に誰もいびって来ない。
毎日いっしょにお昼ご飯を食べて、賑やかにお喋りをした。
まあ…世間的には、ちょいブラックだったかも。
非上場のオーナー企業で会長・社長のワンマン(あ、ツーマンか?)体制だし。
令和には有り得ないような、絵に描いたような男尊女卑。
電話を取るのも、来客案内も、掃除もお茶を淹れるのも、全部女性の仕事。
「女は黙っとれ」という無言の圧を、ところどころでヒシヒシ感じた。
当然、未だ女性管理職なんていない。
それでも、穏やかな職場ではあった。
(製造業の本社事務所って平和だなあ…)
私の新卒職場とはエライ違いだ。
来客はほとんど取引先。でなきゃ、飛び込み営業。
「出て来い、おりゃあっっ」
ノーアポの人間が、怒鳴り散らしながらいきなり乗り込んで来たりしない。
電話で開口一番、
「アホ、ボケ、カス!」
なんて罵倒されることもない。
カウンターで、制服のタイを胸ぐらワシ掴みされそうになることもなかった。
――人間、ゼニが絡むと本性剥き出しになる。
二十代初め。まだ世間知らずな頃に、強制的にそれを学ばされた。
いきなりそんな社会勉強、したくなかったのになあ。
「皆で助け合わなきゃ」
Aさんは、ピザの時によくパーティーサイズのコーラを持って来てくれた。
優しいAさんの口癖は、そのまま職場のモットーだった。
ピザにはカット野菜の千切りキャベツを欠かさないTさんもOさんも、
よく同じことを言っていた。
ピザの付け合わせに自家製ポテサラを持参する食通のHさんも、
ウチの、私達のモットーだと頷いていた。
私の後に入ったIさんも感激していたっけ。
皆で。助け合う。
この世に、この国の会社に、こんなスローガンが実在したのか。
夢物語じゃなくて?
「一人6切れ! 今日食べ切れない人は、明日レンチンしたらいいから」
「冷蔵庫に入れる時は、きっちりラップしてよ~」
何より、互いに助け合えるムード。
誰かがコップを、紙皿を、別の誰かがラップを取って来る。
勿論仕事でも。
オーバーフローで大変そうだと手伝ってくれる人がいて、
いつでも誰かが助けてくれた。
独りで抱え込まず、声を上げてもよかったのだ。
たとえポカミスしても、個人の人格を全否定されるような詰問を
されたことがない。あの場所では。三年半の間、いっぺんも。
「パイナップルは不評やけど、Dさんの好きなマルゲリータと
ご希望の野菜ピザは入れといたから」
私の好みは少数派かつ保守的だったらしい。
皆、本当は照り焼きとかもっと肉肉しいメニューにしたかったろうに。
「…Dさん。Dさんてば、いつでも遊びに来てよう」
懐かしい職場。
毎朝、ドナドナ感に苛まれることなく通えた、貴重な場所。
大好きだった、大事で大切な居場所。
未だにものすごく残念なのは、皆と一緒にトロピカーナを食べたのが
後にも先にも一回こっきりだったことだ。
そしてそんな日は、たぶんもう二度と来ないだろう。
――個人史上、一番好きな職場だったなあ。
かつて愛した、最高で最愛の場所。
もう帰れないけれど、今でもピザのチラシを見ると思い出す。
ピザパーティー 響 @diamantez1000
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