第4話 雨に溶ける罪
俺は彩芽の死を受け入れられなかった。
彩芽が元からいなかったことにして、普通に生活するなんて俺にはできなかった。
頭の中は後悔とやるせなさ、自分を殴りたい衝動でいっぱいだ。
俺なんかじゃなくて彩芽が生きていればよかったのに。
誰の人生にも貢献できない俺よりも人を照らしてくれる彩芽が生きていた方がずっといい。
俺の命なんかいらないから彩芽を返して欲しい。
そんな願いをしたところで神様は聞いてくれない。
彩芽は死んだのだという残酷な現実だけが突き刺さる。
空は重く沈み、雲の隙間からの光にすら拒まれているよう。
街は静まり返り、誰もがこの冷たい夜に背を向けている。
雨が俺の頭に降りつける。
まるで俺が生きていることへの罰のように激しく打ちつけてくる。
冷たいはずの雨がほのかに温かく感じた。
スポーツバックの中に折り畳み傘があったが、俺は差さなかった。
雨に打たれていたかった。
罪悪感という心に絡みつく感情は消えないけれどそれを濡らしてくれた。
麻痺させてくれた。
足元の街灯の光が揺れた。
その揺らぎが一瞬彩芽の笑顔に見えた気がして胸が苦しくなる。
「くそ」
雨音に掻き消されていくその声はまるで俺自身が消えていくように届かなかった。
それでも歩みは止めなかった。
止められなかった。
止めてしまったら、何かがこぼれてしまう気がして心が無にして歩き続けた。
俺の足は自然といつも彩芽と会っていた公園に向かっていた。
行ったところで彩芽はもういないという事実が再認識するだけなのに、どうしてかそこに向かってしまった。
東屋の屋根を打つ雨音が静かに鳴り響く。
機械的に一定の速度で響くその音が何とも言えず心地よかった。
この夜のままでいい。
このまま辛いことなんて考えずに彩芽との記憶に包まれていたかった。
そうだ、死ねばいい。
死ねば苦しい気持ちを味わなくて済む。
それにもしこの世に来世があるなら、またそこで彩芽と一緒に居られる。
俺も死のう。
俺にだって価値はない。
家族には死んだところで「そうか」と思われるだけだろうし、死のうかな。
自殺方法か。
周りを見渡してブランコの紐が目に入った。
三つ編みに編み込まれた太いロープ。
小さい頃からずっと同じものだから古くなっているし、筆箱のハサミを使えば簡単に切れるだろう。
カバンから筆箱、ハサミを取り出して傘を差さぬままブランコの側に走った。
頭に大粒の雨が激しく吹き付ける。
頭は重く思考も冴えていない。
でも、それでいい。
ロープの根元にハサミを当てた。
手が震える。
雨のせいで冷たいのか、それとも怖いのか。
自分でも、もうよく分かっていない。
雨水を含んだロープはまるで鉄のように硬く、いくら力を込めても刃はわずかに食い込むだけ。
指先がかじかんで感覚が薄れていく。
それでもただひたすらに刃を動かした。
ジリジリと焦げ付くような摩擦音と共にようやく繊維がぽつりと切れた。
濁った緑のような色をした重いプラスチック部分が音を立てて地面に滑り落ちた。
瞬く間にその上に雨粒が落ち、色が濃くなっていく。
切り落としたロープを震える手で拾う。
ずっしりと重たくわずかに冷たい。
爪先立ちで手が届くほどの高さの電柱の腕部分にロープの両端を力強く引っ張る。
ミステリ映画や漫画で見るようなロープの輪っかが目の前にできた。
死に既視感を抱えて、喉が震える。
これに首を通して地元から足を離れたら死ぬのか。
そのためにやったことだけれど、やはり恐怖が湧いてしまう。
手足が震え、息苦しくなる。
死ねば苦しさから救われるから大丈夫だと自分に言い聞かせる。
彩芽は俺が死ぬことを望んでいるのか。
望んでいないだろうな。
だけど、自殺した人間に「自殺はいけない」なんて言われたところで無責任だし矛盾している。
自殺した彩芽が望むかなんて知るか。
スッと息を吐いてロープを首の前に持っていく。
「何してるの?」
その声に俺は振り返った。
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