第2話 雨の日の再会
雨が降ると、決まって胸がざわつく。
あの日、俺の世界は静かに崩れた。
誰にも言えなかったこと、誰にも見せられなかった顔。
俺が唯一心を許せていた相手が死んだ。
今では失敗作と言われるようになってしまったけれど、俺は医者の息子でそこそこよい家庭に育った。
幼稚園は教育が整った場所に通わされ、彩芽とはそこで出会った。
彩芽は幼稚園の頃から底抜けに明るく親切だった。
俺の記憶に初めて彩芽が登場したのは、3歳くらいの頃。
クラスメイトに笑顔で話しかけ、心から楽しそうに遊ぶ姿。
ぼかされた画像の様に詳細は曖昧で俺の脳内が捏造した記憶であるかもしれない。
その頃、彩芽の視界には俺なんて入っていなかっただろう。
俺と彩芽が会話を交わし、互いを認識したのは5歳のクラス替えのときだった。
「ね。れんくんはすきなたべものなあに?」
クラス替えでみんなが緊張して様子を窺っている中、彩芽は俺に話しかけてきた。
彩芽の言葉は一言一句覚えているのに、俺が返した言葉はまるで誰かに抜き取られたように思い出せない。
そのクラス替えのときに話したきりで、それ以降はほとんど話すことはなかった。
いや、同でもいい他愛のないことくらいは話したかもしれないが、記憶には残っていない。
俺と彩芽は別々の小学校に進み、会う機会はなくなった。
だが、小学4年生の雨の日偶然あの場所で彩芽と再会した。
幼稚園の頃は成長が遅い程度だった俺の馬鹿が明確になり、苦しんでいた時期だった。
兄弟には「こんな問題もできないのか」と揶揄(からか)われ、父親も俺を馬鹿にした。
「どうしてこんな簡単な問題が解けないのか」と毎日のように叱られた。
それでも理解できないものは理解できず、家族に隠れてやったドリルもバツばかりで何の意味もなかった。
俺はつくづく馬鹿だった。
そのことを痛感して家に帰りたくなかった俺の目の前に作り笑顔を浮かべた彩芽は現れた。
「蓮くんだっけ?久しぶり」
仄かに上がった口角。
その顔の奥に疲れ切った彩芽の表情が薄く見えた。
俺は彩芽のような底抜けに明るい子はずっと無敵だと思っていたから、悲しさよりも驚きが先に来た。
「そこの学校通ってるの?」
彩芽の適当な世間話で俺は現実に引き戻された。
「あ、うん」
「そっか」
久しぶりに会った人間というのは話が尽きないものと聞いていたが、俺と彩芽はそうではなく静かな時間が過ぎた。
「蓮はよくここ来てるの?」
どうにかして取り繕わなければという強張った気持ちが落ち着いたのか、その問いかけをする彩芽の顔は少し昔の笑顔に戻っていた。
その日は特に何かを話したというわけではなかったが、雨模様の空を眺めながら彩芽と3時間ほどの時間を共にした。
それから毎日のように会うようになった。
俺も彩芽も家に帰りたくないという気持ちは同じだったらしく、丁度いい時間が潰せる場所だったのだろう。
彩芽と会う時間は息苦しくなく、心地よかった。
俺のことを馬鹿にせず、一人の人間として尊重してくれた。
彩芽と過ごす時間は唯一俺の心が安らぐ時間で、いつもその時間が待ち遠しかった。
だけど、彩芽との別れの日は突然訪れた。
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