第4話 再びのループと転校生 4

午前の授業が終わり、昼休みになった。

早速理央を誘うためにいそいそと弁当を取り出したところで、不意に声を掛けられる。


「健太郎」


り、理央ッ!

色素の薄い、柔らかな髪を掻き上げながら「少しいいかな?」って、勿論いいに決まってる!

俺の気持ちが通じたのか? ああッ理央! 理央、理央~ッ!

好きだ。

声を掛けられただけで舞い上がっちまう、その声も好きだ。

誘われるまま弁当を持ち、先を行くスラッとした背中を追いかける。背中も好きだ。


どこへ向かっているかはすぐに分かった、いつものあの場所、俺達だけの秘密の隠れ家だ。

―――それは屋上にある。

屋上自体は配管まみれで不人気なスポットだが、その配管を乗り越え、老朽化して使われなくなった給水塔を抜けた先、隅の奥まった場所に少しだけ開けた空間がある。

以前は俺だけの憩いの場として独占していた。

でも理央を招待してからは、俺達二人で共有している。

あの場所はいい、誰の目も気にせず存分に理央に構えるし、理央も俺と二人きりだと少しだけ砕けた雰囲気になる。

その優越感を味わえるって点でも見つけてよかったと常々思っている。


目当ての場所に辿り着いた俺達は、打ちっぱなしのコンクリートに腰を下ろした。

隣に座った理央から例え様のない堪らない匂いが漂ってくる。

はぁ、蕩けそう。

俺が知るどんな美少女よりもいい香り、もっと嗅ぎたい、ずっと嗅いでいたい、クンクン。


「健太郎」

「おッ、おうッ?」

「君に、告げておかねばならないことがある」


ギクリ。

勝手に匂いを嗅ぐなというお叱りだろうか。

すまん、だが許して欲しい。理央がいい匂い過ぎるのがいけない。


「当面の間、身辺に気をつけたまえ」

「え?」


なんで?

思いがけずポカンとする俺を、理央は真剣なまなざしで見つめる。

美人だな。

いや、そうじゃなく、どういうことだ?

身辺に気をつけろって、俺は誰かに狙われているのか。


「えーっと、それは、どういう意味だ?」

「訳は言えない」

「なんで?」

「すまないが、その質問にも答えられない」


まいったな、それじゃお手上げだ。

しかし理央の様子から察するに、これは冗談の類ではない。

そもそもこの手の冗談を言うタイプじゃない、つまりマジのピンチってわけだ。

俺に何が迫っているんだろう、気になる。

けど話せないって言うんじゃ聞き出すわけにもいかないし、うーん。


仕方ない、今は納得しておこう。

いずれきっと話してくれる、理央はそういうヤツだ。

俺も理央を信じて預ける、それが俺の愛だ。


「分かった」


頷くと、理央はホッとした様子を見せた。

随分心配されているな、むしろ気を遣わせて悪いような気さえしてくる。


「言われた通りにする、当分は警戒して過ごすよ」

「すまないな、こちらも早々に片をつけるから、暫くは備えてくれ」

「え、理央と関わりのあることなのか?」


はたとした様子の理央は黙り込んで俯いた。

おっと、訳は訊かない約束だったな、悪い。


「あーっと、それよりさ、理央、そろそろ飯にしようぜ、俺腹減ったよ」

「あ、ああ、そうだな」

「今日弁当が二つあるから、一つはお前に、はい」

「え?」


持ってきた包みを開いて、重ねた弁当の一つを差し出す。


「ほら」


理央は「有難う」と戸惑い気味に受け取ってくれる。

わざわざ作ってきたと思われたかな。

しかし弁当一個じゃ少し物足りないかもしれない、まあ放課後は食べ放題だ、むしろ腹が減っている方が都合いいか。


「あ、箸が一膳しかない」


仕方ないから俺は手で食おう。


「理央が使えよ、はい」

「えっ、いや、君はどうする?」

「手で食うよ」

「正気か?」

「平気、平気、ほら食おうぜ、いただきまーす」


箸も理央に押し付けて、手づかみで弁当を食う。

やむを得ない状況だから礼儀作法に厳しかったばあちゃんもきっと許してくれるだろう。

あ、だけど汚れた手を拭くものが無いな。

仕方ないから弁当の包みで拭くか、どうせ俺が洗うし。


「ほら、健太郎」


理央からハンカチを差し出される。

白くて綺麗なハンカチだ、アイロンまでピシッとかかっている。


「これで手を拭くといい」

「えっ、いいよ、染みになるから」

「ハンカチとはそういうものだ」

「でも」

「だったら」


俺を見上げながら、不意に首をこてんと傾げッ! うおおおッ! か、可愛い!

何かしらの法に触れるぞこれは! もしくは俺が心臓発作を起こして死ぬ!


「このハンカチの代わりに、僕に新しいハンカチを贈ってくれないか?」

「へ?」

「それでどうかな?」


おおっ、ふぉおおおおおっ!

どうもこうもない、その話、喜んで受けさせていただく!

やったぞ、理央にプレゼントする口実ができた! 棚ぼたバンザーイ!


「お、おお、いいぜ、分かった」

「うん、楽しみにしているよ」


くうっ、可愛い! 俺の小悪魔ッ!

なんでちょっと嬉しそうなんだ、少しは俺に気があると思っていいのか、期待してもいいのか、理央!

このハンカチは家宝にしよう。

綺麗に洗ったら、額に入れて飾るんだ。

眺めていつでも理央を感じられるように。


弁当を食い終わり、理央から貰った綺麗なハンカチで汚れた手を丁寧に拭いて、畳んで、理央から返された空の弁当箱と箸と、俺が食った弁当箱と、全部まとめて包み直す。

腹も胸も一杯だ、はあ、ごちそうさま。

うっとりと空を見上げた。

いい天気だなあ。

隣には理央がいて、ここがこの世の極楽か。


「健太郎」

「んー?」

「ところで君、今日の放課後は女子たちと遊びに行くそうだね」


うっ!? ゲホゲホッと咽る!

聞かれていた? いや聞いたのか? 誰から?

首を軋ませて振り返れば、理央からニコッと微笑み返される。

ぬおおおっ、その笑顔の意味は、妬いた? 嫉妬か? 怒ってる?

だったら嬉しいが、他意は無いんだ信じてくれ! 断じて浮気ではない!


「い、いやッ、あのッ、そのッ」

「駅前のフルーツパーラーで食べ放題、君の奢りだそうじゃないか」

「はわ! はわわっ!」

「どうしたんだい?」

「いやッ、その!」


全部バレてる! 違う浮気じゃない! 浮気じゃないんだ信じてくれ!

だけどどうして急に話を持ち出したんだ?

理央は俺に興味があるのか?

もしかして一緒に行きたいとか、だったら全然オッケーだ、理央の分も俺が払う。


「多人数で行動するなら、放課後もひとまずは安心だろう」

「ふぇッ?」

「だが帰宅後も気を抜かないよう、くれぐれも用心してくれ、明日以降も極力誰かと行動するように、いいね?」

「ひゃい」


心配されただけ、か?

そ、そうか、そうだよな! ヤキモチなわけないよな、浮気なんて疑われていなかったんだ!

だって俺達、まだ付き合ってもいないもんな。

俺の早とちりか、なーんだ、そうか、ハハハッ!

―――はぁ。

微妙にへこんだ、不義を怪しまれなかったことだけはよかったんだが。

うう、いつか理央が俺に妬いてくれる日は来るんだろうか。

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