推しに「クリスマス予定ある」発言をされて、弟が脳を破壊された

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

グレブレちゃん、クリスマスの予定は?

『クリスマス? 残念。配信はありません。予定が埋まっていますよー』

 

「うわあああああああああ!」


 モニタ越しからVTuberが宣言した途端、弟が発狂した。

 カレシがいただけで、暴れまわるとは。


 これだから、コイツは三〇になっても恋人がいないのだろう。


「オレのグレブレちゃんがぁ! 遠くに行ってしまう!」


 歯ぎしりをしながら、弟は血涙を流している。

 そこまでかよ。凄まじいな。


『ん? カレシ? ないない』


 VTuberのグレブレちゃんが、手をひらひらとさせた。


『ではここで、今からリスナーに挑戦をしてもらいます』


 グレブレちゃんとは「グレート・ブレイン」、つまり「灰色の脳」の略である。


 いわゆる、「灰色の脳細胞」を武器とする某名作の名探偵から取っているのだ。


 そのためか、ややぽっちゃりめの体型をしている。スーツも蝶ネクタイも、その名探偵のおそろいだ。


『わたしのクリスマスの予定は、なんでしょう?』


 このように、配信の中でリアルタイムクイズを出して、リスナーに推理させるのが特徴である。


『当てた人は、限定【名探偵、皆を集めてさてと言い】ASMRをプレゼントしちゃいまーす』


 もちろん、タダで推理をしてもらわない。しっかり、報酬も用意する。


「ほしい! 兄貴! 推理してくれ!」


「俺に頼むなや。自分で推理せんかい」


 今日は非番なんだけど。

 つーか、一家団欒の場でノーパソ広げて推しの配信を見るなや。娘がビビってんだろうが。

 

「オレではムリだよ! 警察官の兄貴でないと、この謎は解き明かせないぃ!」


 弟は、いまだ発狂状態だ。


 やれやれ。これは推理してやらんと、追い出すことはできんな。

 

『カレシがいないのに、配信してくれないの? できないんだよ。事情があって』


 グレブレちゃんは、ニコニコしながらコメントの質問に答えていく。


『カレシではないなら、旦那さんだろ、だって? 給料の三ヶ月分を受け取るんだってことに? 違う違う。でも、男性には会うかな?』


「うぎゃあああ!」

 

 また、弟が発狂している。


「パパ、おじさんどうしたの?」


 しゃぶしゃぶのバラを食べる娘が、叔父である我が弟に哀れみの眼差しを向けた。


「見ては、いけません。そっとしておいてあげてくれ」


 三歳になる娘には、刺激が強すぎる光景だな。


『帰省? しないよ。両親はいないって、前の配信で話したよね?』


「そうだよ! グレブレちゃんは、天涯孤独なんだ! 両親が悪党に殺されて、今でも犯人を追っているんだよ!」


 すごい、設定である。そんな重たい設定のVなんて、よく思いついたな。


『凶器の出刃包丁は、まだ見つかってないんだってね』とコメントが。


『……うん。そうだね』


 不謹慎なコメントに、さすがのグレブレちゃんも言葉を濁す。


「兄貴、なにかわかるか?」


 男性関係とは無縁。実家に帰省するでもない。


 さっき「案件では?」とコメントがあった。

 だが、グレブレちゃんは仕事関連の用事は否定する。


 では、なにかの用事だろうか。


『お買い物? しないよ。それなら、帰ってから配信するよ』


 何かを買いに行くわけでも、ないと。


 では、なにが目的か。


 Vが用事でどこかへ行く。配信ができなくなる。となると、特別な用事の可能性が高いな。


「役所関係かもな」


 税金関連の話なら、デリケートすぎて答えられない事柄も多かろう。


「一度、それで撃ち込んでみる」


 弟が、コメントで回答する。


『市役所? 納税? うーん違うんだよなあ。確定申告はもう済ませてあるよ』


「違ったあ!」


 リスナーが回答する権利は、二回ある。あと一回間違えると、もう回答はできない。


「ん!?」


 なぜか、娘がうめく。


「どうした? 辛いものでも入っていたか?」


「にゅうし、とれちゃった」


 抜けた歯を手に乗せて、娘が俺に見せてきた。


 なんだ、歯が抜けただけか……!?


 俺と同じく、妻が俺に耳打ちしてくる。

 

「なあ。用事ってさ……インプラントじゃね? って」


 妻がボソッと言ったことを、オレは弟に伝えた。


 歯医者で事務をしているため、信憑性はある。


「よし、やってみる!」


 弟が、素早くコメントを打つ。


『おっ! 正解でました! 正解は、インプラントでしたー。じゃあまたねー』


「やった! ありがとうアニキ! 奥さん! 姪っ子よ!」


 土下座をして、弟が何度も頭を下げてくる。 


「いいから。鍋食わねえなら、はよ帰れ」


「わかった。オレなんかが箸をつけたら、鍋が汚れるよな!」


 弟は鍋に箸をつけず、帰っていった。


 食って帰ってくれても、いいのに。ウチは誰も、お前を嫌ってないんだから。

 

「ありがとう、ハニー。よくわかったね」


「別に。その日、予約があったから」


 

 


 数日後、オレは歯科医師を逮捕した。


 グレブレちゃんがその医者に接近したのは、インプラントの手術のためではない。


 その男が、自分の両親を殺した犯人だとわかったからだった。


 グレブレちゃんも警察も、凶器の形状までは公開していない。


 つまりグレブレちゃんは、ファンから事件に関連するコメントをあぶり出したのである。

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