帰り道、ふたりの歩幅
mynameis愛
第一話 夕方の遠回り
「帰宅部って、最強だよな」
放課後の廊下で、駿は胸を張った。根拠はない。だが自信だけは、制服のボタンより多めに付いている。
隣で靴ひもを結び直していた桃佳が、顔を上げる。
「最強って、何が?」
「帰り道を自由に選べる。寄り道もできる。つまり人生の主導権が握れる」
「人生の主導権、帰り道で握れるかな……」
桃佳は笑いながらも、手帳を開いた。そこには小さな文字で、今日のやることが並んでいる。
①学級プリントを職員室へ
②落とし物の傘を事務室へ
③明日の係の確認
「駿、これ手伝ってくれる?」
「任せろ。オレは帰宅部の王だからな」
「王様がプリント運ぶの?」
「王様こそ民のために働くんだよ。……たぶん」
桃佳は、他者との協力を大切にする。ひとりで抱え込まず、同じ方向を向ける形に整える。駿はそれが眩しい反面、ちょっと怖かった。
きびきびしていて、無駄がなくて、目標が明確で――自分とは真逆だ。
だから、駿は勝手に思っていた。
(桃佳、オレのこと、内心うっとうしいだろうな)
プリントを職員室に届け、傘を事務室に預け、係の連絡も済ませたころには、窓の外がオレンジに染まっていた。
桃佳が言う。
「帰ろう。今日は、いい夕方」
駿は急に、勝負を仕掛けたくなった。
「なあ桃佳。今日はオレが“最強の帰り道”を案内する。景色がすごい」
「最短じゃなくて?」
「最短は、ただの速さだ。最強は、美しさだ」
「言い方がややこしい」
ふたりは校門を出て、商店街の裏手へ回り込んだ。
夕方、ゆっくりと街を歩きながら、その美しい風景を楽しむひととき。――そんな言葉が、ちょうど似合う光だった。
パン屋から焼きたての匂い、魚屋の氷の音、閉店準備のシャッターが下りる乾いた響き。
駿は得意げに、細い路地へ入った。
「ここ、知る人ぞ知る、夕焼けが反射する壁が――」
その瞬間、路地は行き止まりだった。コンクリの壁が、しっかりと主張している。
「……壁、最強だな」
桃佳が口元を押さえる。
「駿、道の主導権、壁に取られてる」
「ち、違う。ここは計算だ。行き止まりを見せることで、次の道のありがたみを――」
「はいはい。戻ろう」
戻った先で、ふたりは小さな神社の鳥居を見つけた。学校帰りの子どもたちが、石段に座ってジュースを飲んでいる。
そのうちの一人が、泣きそうな顔でこちらを見た。
「傘、なくした……。お母さんに怒られる」
桃佳はすぐにしゃがみこんだ。
「何色の傘? どこで見た?」
「青……。さっき、商店街の角のところで……」
駿は、さっき事務室に預けた傘を思い出した。青い、持ち手に小さな星のシール。
「もしかして、これ?」
駿は走った。とはいえ走り方は不器用で、靴ひもがほどけて半歩つまずき、つまずいた勢いで加速した。
事務室で傘を受け取ると、息を切らしながら戻る。
子どもは星のシールを見て、ぱっと笑った。
「それ! ありがとう!」
桃佳が、駿に小さく親指を立てる。
「ナイス回収」
「ふっ。帰宅部の王は、傘の王でもある」
「王様、多すぎ」
帰り道、駿は言い出せずにいた言葉を、夕焼けに紛れさせるつもりで零した。
「……桃佳。オレさ。うっとうしいよな。いつも適当で」
桃佳は歩く速度を少し落として、隣に並べた。
「うっとうしいなら、一緒に歩かないよ」
「でも、オレ、さっきも道間違えたし」
「間違えたのは道でしょ。人は、間違えても戻れる」
その言い方が、なぜか胸に刺さった。
桃佳は笑う。
「明日も、手伝って。私はひとりだと早歩きになっちゃうから」
駿は、根拠のない自信を胸に戻した。今度は、少しだけ根拠が生まれた気がした。
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