第4話 見えざる敵

1 — 予定どおりだったはずの海


台湾侵攻作戦は、

中国人民解放軍海軍にとって“完璧な計画”だった。


電子戦。

航空優勢。

海中制圧。


すべては想定どおり進み、

台湾周辺海域に展開した艦隊は、

ほぼ無傷のまま初期目標を達成していた。


南部戦区海軍司令部。

巨大な戦術スクリーンの前で、

司令官・梁建国中将は腕を組んでいた。


「台湾の潜水艦は、ほぼ沈黙した。

 揚陸部隊は予定どおり進め。」


誰も異を唱えなかった。


その時点では——

まだ。


2 — 最初の違和感


異変は、

台湾東方沖を警戒していた

**虎鯨級原子力潜水艦海龍-23**から始まった。


「司令部、こちら海龍-23。

 機関部の温度が……

 いや、異常値です。原因不明。」


通信は明瞭だった。

機関トラブルは、原潜では珍しくない。


司令部は軽く受け流した。


「自己診断を続行せよ。

 任務を中断する必要はない。」


その数分後。


「……ソナーに、

 何かがいます。」


「何だ?」


「……分かりません。

 音が……“無い”んです。」


司令室が、わずかにざわつく。


3 — “存在しない目標”


海龍-23のソナー画面には、

確かに“何か”が映っていた。


だが、分類できない。


艦影でもない。

海底地形でもない。

生物でもない。


しかも、その“何か”は、

音を出していなかった。


「そんなものは、存在しない。」


副長が言い切った。


「海中で“音がない物体”など……」


言葉が終わる前に、

艦内の警告灯が赤く変わる。


「推進系、応答遅延!」

「電源が……落ちる!」


通信が乱れ、

最後に届いた声は、かすれていた。


「……こちら、

 ……攻撃を受けている……

 だが、敵が……見えない……」


通信は、そこで途切れた。


4 — 連鎖する異常


同時刻。


別の虎鯨級、

攻撃原潜海狼-17


「司令部、

 我々の艦でも同様の現象が……」


報告は途中で遮断された。


その後、

三隻の原潜が同時に“戦闘不能”状態に陥る。


沈没ではない。

爆発もない。


ただ、

機能を失ったまま、

海に漂っている。


梁中将は、

初めて腕を下ろした。


「……これは事故ではないな。」


5 — 指揮系統の混乱


司令部は、

考えられるすべての可能性を洗い出した。


台湾の新兵器


アメリカ原潜の介入


電磁パルス兵器


機器の同時不具合


だが、どれも説明にならない。


アメリカ原潜なら、

必ず音が残る。


台湾に、

こんな技術はない。


「では……

 “第三の勢力”か?」


誰かが口にした瞬間、

司令室が静まり返った。


中国軍は、

台湾・日本・アメリカを想定していた。


だが、“存在しない相手”は

想定していなかった。


6 — 海が信用できなくなる


戦況は急変する。


原潜の護衛が消えたことで、

揚陸艦隊は海中脅威にさらされる。


だが、その“脅威”は見えない。


ソナーを強化すれば、

自分たちの位置を晒す。


沈黙すれば、

何に襲われるか分からない。


梁中将は、

苦渋の決断を下す。


「揚陸部隊、前進停止。

 海中の安全が確認されるまで待機。」


それは、

台湾侵攻の一時中断を意味していた。


7 — “影”という仮称


参謀の一人が、

震える声で言った。


「司令官……

 我々は、

 海そのものと戦っているのでは……?」


梁中将は、

スクリーンに映る静かな海を見つめた。


「……違う。

海に、

何かが“住み着いた”のだ。」


彼は命じる。


「記録上の呼称を設定する。

 この未知の存在を——

 **“影”**と呼べ。」


その瞬間、

中国軍は初めて理解した。


自分たちは、

 戦争の主導権を

 何者かに奪われたのだと。


8 — 知られてはならない恐怖


北京への報告文書は、

慎重に書き直された。


「技術的問題により、

 一部作戦を調整中」


真実は、

どこにも書かれない。


敵が見えない

攻撃の痕跡がない

だが、確実に殴られている


そんな報告は、

国家を混乱させるだけだからだ。


梁中将は、

机に置かれた地図を睨みつける。


「……日本か。

それとも、

我々の知らない“日本”か。」


9 — 静かな敗北


その日、

中国軍は公式には何も失っていない。


艦は沈んでいない。

兵も死んでいない。


だが、

台湾侵攻は止まった。


誰にも説明できない理由で。


そして深海では、

一隻の黒い影が、

何事もなかったかのように進路を変えていた。


それが、

中国軍が初めて味わった

**“見えない敗北”**だった。

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〈深海の影〉魔改造たいげい型原子炉潜水艦 “黒鯨(こくげい)” @tasukunakarai

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