【至急!】地味だけど実は美少女な幼馴染に押し倒されているんだが、どうしたらいい?【教えて】

小絲 さなこ

 悪友の正野まさのが言った。


「彼女が出来るとなぁ、未知の扉がどんどん開いていくんだぜ」


 なーにが、未知の扉だよ。

 経験したとかしないとか、そんな話ばかりしてさ。俺ら彼女いない歴イコール年齢のヤツらにマウント取りたいだけじゃねぇか。


 そう思っていたのだが────



 俺は今、悪友が言っていたことを、解りつつある。

 いや、未知の扉を開かせたのは「彼女」ではないんだが。

 いやいやいや、開いてない、開いてたまるか。開きつつあるだけだ。



「ねぇ……これ、気持ちいい?」


 幼馴染の女の子に押し倒され、服の中に手を入れられ、体を弄られている。


 文章にしてみると、確かにこう、うらやまけしからんシチュエーションなのだろうが────


 いやいやいやいや、どうしてこうなった。





 隣の家に住む幼馴染のつむぎとは保育園から高校まで同じクラス。仲は良い方だと思うし、気を使わなくて楽だとお互い思っている、と俺は思っている。あまりにも近すぎて「こいつと今更彼氏彼女の仲になんてなれねぇだろ」と思っていた。遠慮のない仲とも言える。いわゆる腐れ縁という言葉がぴったりくる関係だと思っていた。


 お互い得意科目が異なるため、試験勉強や宿題は協力しあってやってきた。小学生の頃から高校生になる今までずっと。それは俺らにとっては当たり前のことで、それを今更「ふつうは男女の幼馴染がどちらかの家で二人きりで勉強なんてしないよ」と言われても「ふつうって何だよ」としか思わない。


 それくらい、こんな間違いなんて起こるなんて微塵にも思っていなかったんだ。


 漫画や小説で、冴えない主人公の男が幼馴染の女の子にある日突然迫られるのを見ても「あー、俺らみたいなモテねぇ男の願望だよなー。でも所詮はフィクション。俺らはこういうことねぇよな」と思っていた。

 いや、白状すると、ちょっと……いやだいぶ羨ましくはあったけど。

 いやいや俺と紬に限ってそんなことありっこない、そんな非現実的な夢を見るな、と自分に言い聞かせてきたんだ。



 いつものように、俺と紬はふたりで期末試験の勉強をしていた。毎回のことだ。今更、若い男女が二人きりで部屋に篭るなんて、俺たちも俺の家族も、なんとも思ってない────はずだった。



「最近、北大路きたおうじさんと仲良いよね」

「そうかな」


 北大路というのは同じクラスの女子。

 髪を染め制服を大胆に着崩していて、紬とは正反対の、いわゆるギャルだ。


「文化祭のあたりから……」

「あー、一緒に買い出し行った時にスマホゲーの話で盛り上がったんだよ」

「ふぅん」

「意外と北大路みたいなギャルもゲームするんだな」

「一緒にゲームしたりしてるの?」

「あー、まぁ、たまに」

「へぇーそう」


 オタクだがゲームだけはしない主義の紬は、不貞腐れたように唇を尖らせる。


「なんだよー。やきもちかぁ?」


 揶揄うように言ってやる。

 紬に睨みつけられ、思わず背筋を伸ばす。


 中三の秋に「メガネ買うのに付き合って」と紬に頼まれて、俺が選んでやったメガネ。

 そのメガネ越しでもわかる。紬さんはお怒りだ。

 僅かな動きさえも見逃さないと言わんばかりの鋭い視線。尻の座りが悪い。背中に妙な汗が流れる。俺、なんか変なこと言ったか?


「な、なんだよ……」

蓮司れんじ


 俺の名を呼ぶいつもと違う声色に息を呑む。

 背中に軽い衝撃を受け、視界に広がる紬の顔と背後に見える天井に、俺は紬に押し倒されていることを認識した。


「妬いてる、って言ったら────蓮司はどうするの」

「え、え……」


 予想外の言葉に頭の中が真っ白になった。


 何か言わなければならない気がする。

 だが、何を言えばいいのかわからない。


 狼狽える俺の腹を紬が撫で始めた。


「な、なにす……」


 起き上がろうとするが、出来ない。

 抵抗しようとした手を掴まれ、床に縫い止められるように押しつけられた。


「ちょ、紬、やめ……」


 シャツの裾を捲られ、冷たい紬の指先が俺の腹に触れる。


「っ!」


 冷たいと感じたのは数秒のことで、撫でられるうちに馴染んでいく。二人の体温が混じり合っているのだ。そのことに気づいて心臓が駆け出した。


「ねぇ、蓮司、これ、気持ちいい?」


 心音を追いかけるように駆け出そうとする呼吸を必死になって押さえつける。


「やめ……って、どこ触ってんだよ、おいっ!」

「え、だめ? 気持ち悪い?」


 気持ちいいか、気持ち悪いか。

 そんなの気持ちいいに決まってる。


「そ、そこ……ダメだって」


 紬がくすくすと笑う。

 獲物を狙う女豹のようだ。


「だいじょーぶ。ちゃーんとネットで調べてるから」

「なにをだ……んぐっ」


 言おうとしていたことは、変な声を抑えるために飲み込むしかなかった。


 紬が俺の首筋に唇を落としていく。

 啄むように軽い口付けなのに、まるで所有印を押されるように感じられる。

 不快感は無く、むしろ悦びを感じていることに俺は視線を彷徨わせた。


 どうしたらいいんだ。

 さすがにこれ以上は、やばいやばいやばい。それだけはわかる。


 脳内でもうひとりの俺が叫ぶ。

 真面目腐った顔をしたヤツだ。


(だめだ、理性を手放してはダメだ。取り返しがつかなくなるぞ!)



「こう、いうことは……っ、本当に、好きなヤツに、やれって……」



 少しでも油断すると、呼吸が荒くなりそうだし、妙な声を出してしまいそうだ。

 ていうか、密着する紬の体の柔らかさに気づいてしまい、もう本気で本能と理性と情緒がやばい。やばいやばいやばいやばいやばいやばい。やばいやばいやばいしか言えねぇ。語彙が行方不明。



「だから、してるんだけど……」



 なにを?

 だれに?

 なんで?


 紬の呟きを耳が拾っても、内容が理解できない。

 翻弄されていくような、恐怖にも似た感覚。


「このまま、蓮司のこと、閉じ込めたい。誰にも見つからないように」


 紬の長い睫毛がゆっくりと動く。

 もう十年以上の付き合いなのに、初めて見る表情だった。


「あたし、独占欲強いみたい」

「つむ……ぎ……」


 紬の指先が、焦らすように滑る。

 もどかしい動きに、ぞわぞわとしたものが体内を駆け巡る。


 違う。そこじゃない。そのもう少し先を……


 身を捩ると、俺を見下ろす紬と視線が交わった。


 紬がゆっくりとメガネを外す。




 やめろ。

 それを外すな。


 なんのために俺がそのダサいメガネを選んだと思っているんだ。


 今どき珍しい、太いフレームの黒縁メガネ。

 整った顔を隠すそれは、俺以外の男を遠ざけるため。そして、俺の邪な気持ちも抑えつけるためのものだった。



 俺を見つめる紬の瞳が光る。

 見透かされてる────なにもかもを。


 ぞくぞくするこれは、恐怖ではない。快楽だ。

 未知の扉が開かれていくような気がする。



 脳内。

 もうひとりの俺が言う。さっきの脳内俺が天使の俺なら、こっちは悪魔の俺だ。


(流されちまえよ。お望み通りの展開なんだろ)


 天使の俺が叫ぶ。


(いやいやいやいや、なーんも準備してねぇだろ。ダメだって、こういうのは!)


 悪魔の俺がニヤニヤと俺を指差す。


(何が準備だ。心も正直になれよ)



 

「だああああーーー!」


 俺は抵抗を試みた。


「ダメだって。ほら、こう、色々準備とか手順とか色々あるだろ?」


「蓮司の体の準備と、あたしの準備なら、出来てるよ」


「そうじゃねぇよ!」


 

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