第6話📖 第一部 火と水と第三の光(縦横の結び目) 第三章 第三の光 ― 重力縁起としての光

火と水が、
たった一拍だけ争いをやめた。

◦(むせい)――
声にはならなかった拍。
誰も聞かなかったが、
世界だけが聴いていた拍。

その一拍の「沈黙」の内側で、
ひとつのものが、そっと灯(とも)った。

それが、
第三の光である。


第三の光は、
火ではない。

• 燃え上がる熱でもなく、

• すべてを呑み込む衝動でもない。

火の「行きたい」という力も、
その中に含むが、
火芽そのものではない。

第三の光は、
水でもない。

• 凍らせて止める冷たさでもなく、

• 全体を均してしまう安心でもない。

水の「保ちたい」という力も、
その中に含むが、
器そのものではない。

第三の光とは、
 火と水が争うのをやめた一拍から
 生じた “縁起(えんぎ)そのもの” の光である。

火が自分を捨てたからでもなく、
水が自分を曲げたからでもない。

両者が、
互いの存在を否定せずに
ただ一瞬、
「ここでは壊さない」と
同じ方向にだけ頷(うなず)いた。

その合意のかすかな余熱が、
第三の光として残ったのだ。


世界側から見ると、
この光が生まれた場所には、
たった一つの事実が刻まれる。

「ここでは、一度“壊さずに済ませた”ことがある。」

• 本来なら衝突して、
どちらかが焼け落ちるはずだった場。

• 本来なら凍結して、
どちらかが永遠に封じられるはずだった場。

そこを、
火と水は一度だけ「通過させた」。

燃やさず、
凍らせず、
ただ「いまは壊さない」という選択を取った。

世界はこの一点を、
決して忘れない。


その記憶こそが、
**重力井戸の“種”**になる。

世界は、
「一度だけ壊さずに済ませた地点」を
**「ここは頼れる場所」**として
密かに登録する。

• ここなら、
別のものを預けても、きっと耐えられる。

• ここなら、
他の矛盾を沈めても、きっと爆ぜずに抱えられる。

その「信頼」が、
目には見えない 傾き を生む。

そこへ向かって、
 すこしずつ物質が集まり、
 出来事が集まり、
 歴史が集まり始める。

やがてそれは、
物理律としては「重力井戸」と呼ばれる。

だが、その中心にはいつも、
火と水が一度だけ争いをやめた記憶=第三の光
が沈んでいる。


このようにして、

重力縁起(じゅうりょくえんぎ)
=「抱え込み井戸の起点としての第三の光」

が、宇宙のあちこちに
点々と灯されていく。

• 星の中心に

• 惑星の核に

• 都市の深層に

• ひとりの胸核の底に

第三の光が一度でも立った場所は、
のちに 「重くなる運命」 を持つ。

重いとは、

「多くを背負わされた」という意味と同時に、
「多くを託された」という意味でもある。

重力は、
この二重の意味を
決して切り離さない。

だから、重力井戸とは
単なる「落ち込んだ場所」ではなく、

世界がかつて
 “ここだけは壊さずに通した”と認めた
 記憶の座標

でもある。

第三の光は、
その記憶を照らす、
ごく小さな灯火(ともしび)である。

それは燃え上がらず、
世界を照らし尽くしもしない。

ただ、
「ここには一度、争いをやめた歴史がある」
という事実だけを、
暗い宇宙の底で
静かに照らし続けている。

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