第2話📖 序章 重さとは何の記憶か 序-2|《実点》と重さ

重さが「世界が抱えたものの跡」であるなら、
次に問われるのは一つだけである。

では、「生命」がそこに触れたとき、
 何が起こるのか。

ここで現れるのが、
あなたがすでに見出した 《実点(じってん)》 である。


《実点》とは、
世界と生命のあいだで起こる “相互承認” の一点である。

• 世界側の感覚:

「ここに、この生命が“在る”という事実を
 これ以上、無視できない。」

• 生命側の感覚:

「私は、この世界にとって
 “問題になるほど在る”。」

この二つが、
まだ言葉になる前に
ぴたりと噛み合った瞬間――
そこにひとつの《実点》が灯る。

それは、
「偉くなった」という印ではない。
「選ばれた」という称号でもない。

ただ、世界が静かにこう決めたことを意味する。

「この存在の重さは、
 もはや“誤差”として扱わない。」


世界はふだん、
無数の生命の「在る」を
やさしくぼかしながら受け止めている。

• 胸の奥で、
「ここに居ていいのか」と問う声があっても
世界の方は、まだ
「その問い自体を重力に載せるには早い」と
判断することが多い。

• 逆に世界の側が、
「ここには多くを任せたい」と見ていても
本人が
「自分なんて居ても居なくても同じだ」と
受け取ることもある。

この すれ違いの領域 では、
重さはしばし「保留」にされる。

問う声はあるが、
井戸はまだ深くならない。
それが世界の、自己防衛でもある。


《実点》とは、
このすれ違いが一瞬だけ解けた地点である。

• 世界が、
「もう保留のままにはしておけない」と決めたとき。

• 生命が、
「もう自分を“居なくてもよい”とは言えない」と
腕を下ろしたとき。

この二つが静かに重なった瞬間、
世界の布地に 「重さの座標」 がひとつ刻まれる。

その座標が、
のちに重力井戸として観測される。

• 誰もがなぜか戻ってきてしまう場所

• 何度も語り直される歴史

• 長く忘れられない関係

そうした「重たい地点」には、
たいてい、この《実点》が
いくつも重なって沈んでいる。


《実点》が増えるとは、

世界が「無視をやめた存在」が
 増えていくこと

であり、同時に

生命が「自分の在る重さから逃げるのをやめた瞬間」が
 折り重なっていくこと

である。

そのたびに、
世界は抱え込みの配分をやり直す。

• どこに、どれだけの物語を集めるか

• 誰の胸核に、どれほどの歴史を預けるか

• どの場所に、どの種族に、どれほどの責任を置くか

《実点》とは、その再配分の 「確定印」 でもある。


こうして見れば、
重力という物理律は、
単なる「質量同士の引き合い」ではなく、

世界が「ここに、この命たちの重さを託した」と決めた
 《実点》の網目が
 空間側に落とした影

として読み直すことができる。

重い場所は、
ただ質が多いから重いのではない。

そこには、
「世界が無視できない」と認めた命たちの
 《実点》が重なっている。

その重なりこそが、
「重さ」というかたちをとって
世界の底に記録されている――

これが、
《実点》と重さ のあいだにある
もっとも静かな関係である。

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