出来損ないは星の夢を見るのか?

ジミー

出来損ないは星の夢を見るのか?

 出来損ないは星の夢を見るのか?


 誰しも眠れない夜はあります。

 かくゆう私もその一人です。

 世界平和とか、恋とか、そんな高尚な悩みなどで寝れないのではなくて、ただただ昼間に寝てしまっただけです。

 そんなもんで体は寝るのに飽きた、と言わんばかりに生き生きとしていて、目蓋は暫く閉じることはないと思われます。

 仕方がないので窮屈な部屋から夜空をみて、時間を潰そうかなと窓を眺めていますと。

 突然、不可思議なことに誰かに、「こんばんは」と背後から話しかけられました。

 私しかいない部屋に人間の声とは? 

 疑問に思いふりかえると、トレンチコートをきた女? いや男? どちらともいえそうな人が立っていました。

 爽やかな笑顔でスーツケースをもっていて、働くビジネスマンにも見えます。

 灯りはつけていないので、部屋は暗く、それ以上のことはよくわかりませんでした。


 これの正体はドロボーか幽霊しかいないだろう。

 しかし幽霊にしては足があるし、ドロボーにしては、やけに小綺麗な気がします。

「こんばんは、あなたは誰ですか?」

 私は行儀よく挨拶をかえし、一番に知りたいことを聞きました。

「いやいやいや、怪しいものではないのですよ。

 私は神様です、まぁ気楽にかっちゃんと呼んでもらえれば。」

 怪しさ満点で言葉を返してくれました。

「神様? そんなものおられるのですか?」

「ええ、ええ、ええ!! 目の前におりますよ。」

「しかし、その神様が何用で?」

 他にもっと聞くべきことがあるように思えますが、ついつい質問をしてしまいます。

 そう聞くと体の高鳴りを押さえられない声で彼は

「旅行にいきたいのですよ、貴方と」と答えました。

「私と?」

「ハイハイそのとおりです、自分は旅行にいくのが好きなのです。

 いつもは一人でどんなところにもいきます。」

「では、今回も一人でいけばよろしいと思うのですが。」

 聞きようによっては冷たい言い方で返してしまいました。

「でもでもでも、たまには道連れがほしいのですよ。」

「ではご友人といかれれば。」

「しかし皆さん忙しいのですよ、恥ずかしがりの死のホテル屋とか、生命工場長やら、流星鉄道の所長さん、光輝くナルシストの男前などは皆断るのですよ、あー忙しいと。」

 彼は、少し拗ねた様子で言いました。

「なぜ私が行かなければならないのですか?神様なら教会の人といけばよろしいのでは?」

「私は貴方といきたいのです、理由なんてありません。

 いま眠れない貴方といきたい。」

 手を掴まれ優しく上下にふってきます。なぜだかわかりませんが悪い気はしません。

「しかし旅行となると準備が必要ですよ。お金もありません」

「大丈夫、大丈夫ですよ。

 費用は自分が出してあげます。必要なのは鞄とあればメモ帳、とどめにお気に入りの服を着てもらえれば無問題ですよ。」

 ステップを踏んでうれしそうに話す神様、床もギシギシと踊り出します。

「わかりました、少しおまちを」

 ついついその気になってしまいました、不思議なお方です。

 私は孤独な身なので、寂しかったせいでしょうか?。

 詐欺かもしれない、この誘いに乗ってしまいました。

 ベージュの肩掛けバックと皮のカバーがついた手帳もち、そしてお気に入りの灰色のツナギをきてあの人のところにいきました。

「おお!おお!準備ができたみたいですね、さてまいりましょうか!」

「どこにどうやっていくのでしょうか?」

「列車でいくのです」

「列車です?ここはド田舎なので駅なんてないですよ」

「あーそこですよ、そこ」

 私の部屋にある、大きなベランダに続く窓に指を指しました。

 そこには縫い目が目立つ深緑のカーテンがかかっていて外は見えない、いつもの風景です。

「そこには汚い小さなベランダしかありませんよ。」

 そういうと、あの人はクスクスと笑いだしカーテンに手を掛けます。

「ちがいます。」

 そして開きます。そこにはベランダなどありませんでした。

「ここは駅ですよ、星たちの道しるべです」

 窓の外は星の駅でした。

 予想外の眩しさに目が眩みます。

 銀河のごとく、光が散らばれた駅です。

 アンドロメダや捌英星の乙女座などを思わせる、優しい夜の光が散らばったステーションでした。

 駅の住人たちはおそらく星の精霊であり、人の形をした光です。

 至るところで、流れ星のごとく歩いています。

「ここは?いや貴方は誰なのですか?」

 戸惑いを隠せず口から、疑問がこぼれてしまいます。

 その言葉に嬉しそうにあの人は答えました。

「神様です、呼び名はカッちゃんそれかチクタクでもいいですよ」

 彼は、いやチクタクさんは手をさしだしました。

 私も胸の高鳴りをおさえず手を伸ばしました。

 手をとるとなぜだか生まれて間もない頃に感じた、世界へのトキメキを思い出しました。

「行きましょう。星の彼方へ、時の旅に。」

 これは夢なのでしょう、けど覚めてほしくないと願います。



 



「ここは出発点なのですよ。」

 駅内に入り、神様ことチクタクさんは嬉しそうに語りました。

「始発駅ということですか?」

 私はついつい辺りを見回し、質問をします。

「そうともいえます、貴方のね」

 意味深な答えに私は首を傾げます。おそらくあまり意味のない言葉なのでしょう。

 あらためて駅内を見てみると、意外と普通な気がします。

 改札口には人のかたちをした光、おそらく駅員さんが立っています。顔はのっぺり不気味にみえるはずなのですが、なぜだがそうは思わないのです。

 駅はとてもシックな雰囲気で星の光は控えめに感じます。

「ここはシリウスの土で作ったので踏み心地が大変よろしい。」

 そう言いながら彼は、改札口にいくと懐から、カードをだして駅員さんに見せました。

 そうすると駅員は頷いて、ホームにチクタクさんを入れます。

「なにをみせたのですか?」

 チクタクさんはふりむき、カードを見せびらかしました。

「これはスピカ、もってるだけで乗り放題ですよ」

 それは星空をそのまま小さく切り取ったようなカードで、まるで夜空をもっているようでした。

「お客様? 切符をお見せください。」

 チクタクさんについていきホームに入ろうとすると駅員さんに止められました。

 切符?もちろんそんなものはもっておりません。

「すみません、切符をもってないです。」

「申し訳ありませんが、切符がなければここからは先に行けません。」

 なぜか恥ずかしさが顔に走る熱となり、広がっていきます。

 助けを求めるように、チクタクさんの顔を見ると彼は驚いたようにこたえました。

「貴方、貴方! 貴方はもう切符をお持ちではございませんか、鞄の中をよぉく確認して下さい」

「えっ?」

 そんなものあります?

 ビックリして肩掛けの鞄に手を突っ込み、かき混ぜるが皮のカバーの手帳しかありません。

 しかし、それを取り出してみると微かに光ってるように感じました。まるで月明かりのような優しい光です。

 まさかと思い手帳を駅員さんに見せると、顔のない光ののっぺらに笑顔が浮かんだように見えました。

「はい切符を確認いたします」

 私の手帳を受け取ると、星の木でできたような判子を取り出し私の手帳を開き押印をしてくれます。

 判子は木に星形の実がなっている絵で、インクが木漏れ日の光のように光ってました。

 星の実は美味しいのでしょうか? 

 そんなどうでもよいことを考えているとチクタクさんに呼ばれます。

「はやく行きましょう、列車が来ますよ」

 私は、急いでホームに入りました。


 



 階段を下りた先にはプラットホームに着きました。


 降りたはずなのにホームは空の上にありました。

 

 久しぶりに走ったので、息があがります。深呼吸をすると、冷たい空気が肺を満たします。

 なぜか焼きたてのパンのような、香りがしました。

 他に人はいなく、街灯にはピカピカと小さな光が集まり瞬いていました。

「この街灯に集まる光は何でしょうか、まさか星の子ではないですよね?」

 少し冗談をまじえた質問をすると、チクタクさんはクククと笑い、

「これは光の妖精ですよ」と答えてくれました。

 

「妖精ですか?」

 目を凝らすとその光ははっきりとは見えないのですが、羽のついた子供のように見えました。その姿は皆楽しそうではしゃいでおりました。

「彼らは光を食べるのが好きでしてね。ここ星の駅の光は上質でご馳走なのですよ」

「へぇー初めて見ましたよ、妖精のこと」

「害虫扱いする御方もいますけどね。ある知人は貴方の世界でいうと電灯に集る蛾に例えておりましたよ。」

 そんな話をしていると、汽笛が聞こえました。

 空気を割り込み耳を突きつけるその音になぜだか背筋がピンと張ってしまいます。

 列車がガタンゴトンとやってきました。

 列車のことはよく知りませんが、おそらく地上にはない列車でございます。

 見た目は、顔に時計のような長針と短針がプロペラのように回っておりました。色は深緑でとても落ち着いています。

 流れるように止まった列車はその優雅な赤色の扉を開けました。下りる人はおりません。

「さぁさぁ 行きましょう行きましょう。」

「はい」

 私たちは流星列車へと乗り込みました。

 外の冷たい空気はシャットダウンされたように、暖かな空気が私を包みました。

 種類はわかりませんが、花の匂いが心地よく香ります。

 私たちは二人向かいあうように、テーブルつきの席に腰をおろします。

 席の素晴らしい座り心地に満足していると、出発のメロディーがなりました。

 これは昔見た映画を思い出させる、優しいメロディーでした。

 アナウンスがなります。次は星海~星海~

 ほしのうみ?はてさて最初の目的地はどんなところなのか、列車は滑るように夜空を駆けました。



 

 流星の列車は夜空をかける。

 空には満月が鎮座し、その周辺には煌めく星星が赤や青や黄、私が知らない色で散らばっております。

 そんな光景をみて私というと、なぜだが金平糖を思い浮かべました。

「少し、少しだけお腹がすきませんか?」

 いつの間にかトレンチコートを脱いだチクタクさんが、ハミカミながら伺います。

 確かに少し小腹がすいてきました。

「はい、確かにお夜食を食べたいですね。」

「そうでしょう、そうでしょう。

ここには車内販売もありますのでね。そこでなにか軽めのものでも頼みましょう、あっモチロン私の奢りでごさいますよ。モチロン。」

 タイミング良く、車内販売のワゴンを押したおばさまがやってきました。

 しかしワゴンには、とてもここには相応しくないものが乗っております。

 下の段には食器やコップがはいっており違和感は感じません、しかし上の段には、前にはおそらくプリンター、それに後ろに大きな鉛筆削りみたいなものがありました。

「どうも、どうも、ケドローンのアイアコスでやや深めにお願いいたします、飲み物は蒼茶そうちゃカシオスでシュガーレスね。」

 突然、呪文みたいなことを喋るチクタクさんに唖然としてしまい、私は固まってしまいます。

「貴方は何にしますか?」

 チクタクさんは注文を促します。私は正気に戻るが、慌ててしまいます。

「え!ええと……あの、か、彼と同じのを」

「かしこまりました」

 販売員のおばさまは、まずはプリンターのボタンをポチポチ押し始めると、それはガガガガと動き始めました。

 しかし紙ではなく玉虫? いやいつの日か本でみたオーロラのような物がスーッと二枚出てきました。

 そして出てきたそれを皿に乗せ、私たちの前のテーブルに置きます。

 さらに、鉛筆削りの鉛筆を入れる部分から、L字のパイプが出てきました。

 おばさまが鉛筆削りのレバーを回すと、そこから藍色の液体が出てきました。その色は星と星の空白みたいです。

 それは透明なコップを満たしました。

「お待ちしました。よい旅を」

 そして飲み物もおくと、おばさまはワゴンを押し去っていきました。

「いやいやいやぁ美味しそうですね」

「……そ、そうですね」

 とても奇妙な光景です。オーロラ?というものは食べられるのでしょうか? お茶?は珍しい色をしていますが香りは良く、柑橘を思い出させる香りです。

 そんなことを思っていると、チクタクさんはオーロラをのり巻きのように巻き美味しそうにかぶりつきました。

「うまいうまい、やはりできたてはちがいますね ほらほらほら貴方もお食べなさい。」

「……は、はい。」

 チクタクさんに倣い、それを丸めてかぶりつくと、口の中に柔らかな甘味が広がります。そのまま咀嚼すると満足感のあるしょっぱさや旨味がでてきました。ふと甘い卵に包まれたオムライスが頭に浮かびます。

 そう考えると無臭だったのが、なぜだか匂いも感じれるようになります。

 でてくる言葉は「おいしい、おいしいです!!」となりました。

 その勢いで蒼茶も飲みます、それはとても美味しくゴクゴクと喉をならして飲んでしまいました。

 時間をかけず、注文したものは影も形もなく食べてしまいました。

 満足感で、背もたれに寄っ掛かります。

「美味しいでしょう? 私のお気に入りなんです。」

「はい、満足しました。」

 おかげさまで、エネルギーは満タンです。私のお気に入りにもなりそうです。


 次は星海~星海~。

 といきなりアナウンスがなりました。


 そしてフカフカと綿菓子を頬張った感覚に襲われました。

 そのまま視界は白く染まります。

 あんなにみえてたチクタクさんは見えなくなり、思わず目を閉じました。



 

 瞳を開けるとそこは海の上でありました。

 私は一人用のボートに横たわっています。

 はて? 私は、流星列車に乗っていたはずアナウンスが鳴っていたことまでは覚えているのですが、辺りを見回すと変わらず海でございます。

 海が空を写し、まるで星の海です。

 私はゆらりゆらり、海を漂っております。潮風が冷たく鼻腔に侵入してきます。体が潮でベタつき錆びてしまいそうです。

 それに恐怖もございます、私は水がダメなのです、泳げないのです。

 チクタクさんはおらず、辺りは霧で良くみえません。


 あてもなく横にあるオールを手にもち、エッチラホッチラとボートを漕ぎます。



 しばらく漕いでいると灯台の光が見えました。

 港です。やりました。目的がみえるとやる気がでます。

 慣れないボートさばきで、そのまま波止場につきました。


「きみは誰? 危ないぜ、夜の海は。」

 波止場には、タオルを巻いた日に焼けた青年に声をかけられました。

「す、すみません。これには理由がありまして。」

「まったく大丈夫か? ほれ。」

 彼はからっとした笑顔を向けて、私に手を差しのべます。

 傷だらけの手を掴み、引っ張ってもらいました。

「ありがとうございます……えっと」

「俺はルガン、ルガン・リードォってんだ。ここでは漁師をやってる、まだ見習いだけどな。お前は?」

「ぇっと、わ、私は…ぜ……ジョバンニと申します、皆からはジョーと呼ばれます。」

 嘘です。私の名前はジョバンニではございません。

 正直、私は自分の名前は大の嫌いなのです。とても暖かみを感じない味気ない自分の本名を、他の人からの言葉として耳にしたくないのです。出ないはずのサブイボがでます。

 だから偽名を使いました。昔の小説に出てくる主人公の名を借りました。

 人間を騙すのは心苦しいですが、仕方ありません。

「おうよろしくなジョー、ところでよこんな夜にボートで何をしてたんだ? 釣りか?」

「いえ何をしてたといいますか さっきまで列車に乗っていたはずなんですけど」

「列車? 列車は海の上にはないぜ。ジンでも一気飲みしたのかい?」

 ルガン君はガハハハと笑いだす。

「ルガン君、ここはもしや星海ですか?」

「ほしのうみ? ちがうよ、ここはソルティ。みてのとおり港町さ」

「そうですか、チクタクさんという人は知っていますか?」

「チクタクぅ? なんだいヘンテコな名前だな 知らないよ」

「ハァどうしましょうか」

「まぁまぁ暇だったら少し付き合ってくれよ」

 胡座で座るルガン君は、横の地面をポンポンと手で叩きます。その近くには干し肉や缶詰などが置いてあります。

「今日は親父の命日でね、一人で海を眺めてたんだ」

「え?そうなんです?お墓にはいかないのですか?」

「親父は漁師でさ、漁の事故でなくなったんだ。だから海そのものが墓かな、だからさ親父に報告してるんだ。いままでのことをさ」

 ルガンはさみしそうに、語りました。

「ジョー。お前に夢はあるか?」

「え!?」

「俺にはある。親父をこえる漁師になってそして自分の船をもつ、さらに、このソルティに一軒家を建てるのさ」

「そうですか……とてもよい夢だと思います」

 ありきたりな夢だと、思われる人もいるかもしれません。しかし私にはそうは思えません。とても素敵な夢だと思いました。

 ルガン君の希望に満ちた顔を、見てるとよりそう思うのです。

 仮にこの先なにか苦難や壁にぶつかろうと、彼は難なくこえて行くことでしょう。

「ジョーはないのか? そんな夢は。」

「えーと」

 私にはそんなものはないのです。

 私は出来損ないなのです。とても惨めな気持ちになってしまいます。

 そんな私の心情を察したのか、慰めるようにルガン君は肩に手を置きました。

「ハハ、まぁ悲観すんなよ、ほれこれやるからさ。」

 ルガン君は皮の袋から干し肉?をだして私に手渡します。

 赤黒いそれは、とても獣臭いです。

 雨に濡れた獣の匂いを熟成させた匂いに思わずたじろいでしまいます。

「騙されたと思ってくってみな、酔いもぶっ飛ぶぜ」

「うぐぐ酔ってないです、はぐぅ。」

 ルガンくんはさらに干し肉を袋から出し、私の口内に干し肉を押し入れました。

 臭くて臭くてたまらないです。食べ物を粗末にはしたくないです、しようがないですから、口を精一杯に動かし咀嚼します。

 しかしなんということでしょう、噛めば噛むほど旨味が口内を支配してきました。干し肉のはずなのに、肉汁溢れるような旨味です、唾液が旨味液に変わっていきます。

 匂いは気になりません、夢中で夢中で噛んでしまいます。

「おいしいだろ?」

「はい、臭いけどとても美味しいです。」

「ハハそうだろソイツは、イビルクラックっていう魔物から作ったんだ。とても珍しいやつでさぁ、師匠から少し分けてもらったんだ。」

 ルガンくんも、干し肉を自分の口にいれ食べ始めます。

 最初は顔を歪めましたが、すぐに美味しそうに咀嚼しました。

「ま、気にすんなよ。夢がなくても。」

「そうですかね?」

「ほしいなら探せばいいじゃん。」

 夢を探す。

 それもよいかもしれません、この旅行で探してみるのも。

 なんとなくの旅行に、一つ理由ができました。

「夢を探すのが、夢でもいいですかね?」

「うんうんいいじゃん、いいじゃん。」

 ルガン君は背中をバンバン叩いてまた笑いました。

 私も楽しくなって笑いました。久しぶりに心から笑った気がします。

 肩をふるわせて笑っていたら、ポケットから手帳を落としてしまいました。

 手帳は開き、駅でスタンプを押したページが開きます。

「へぇ いいスタンプだね、どこのやつ?」

「とある駅で押してもらったのです、切符がわりとして。」

「ソルティにもこういうマークがほしいんだよな、街起こしでさぁ。

 そうだ!!せっかくソルティにきたんだ。

 その記念に手帳に俺の考えた、ソルティのランドマークを書いてやるよ」

 ルガン君はそういうとポッケから先の尖った綺麗な貝を出して、スタンプの次のページに書き込む。

「これスミカイペン、この前買ったんだ、いいだろ?」

 そう言うと、手帳にスラスラと描き始めます。

 黒インクで巨大な魚の中に太陽のマークが書かれたマークでとても上手いです。インクからは海の夜風のような香りがしました。

「ソルティは太陽の玄関だからな、どう?なかなかよいだろ?」

「ええ……ありがとうございます」

 思い出が増えました。スタンプラリーってのもいいものです。

「なあ、行くとこないならさアルバティってところにいこうぜ。、上手い魚料理を作ってくれるいい店なんだ、どうだい?」

「魚料理ですか? ………いいですねぇ。」

 勘違いしないでほしいのですが、私はそこまで食いしん坊ではないのです。

 しかし本当に美味しいものは、何度でも食べることができます。

「うんうん俺の師匠も多分いるよ、常連なんだ。

 このイビルクラックを倒した武勇伝も聞いてくれよ」

「はいいきます、いろんなお話聞きたいです」

「ヨッシャすぐそこなんだ案内するよ」

 ルガン君についていくと港から目と鼻の先にありました。鳥の看板のアルバティって看板が見えます。年季の入ったボロさが逆に期待をくすぐります。

「ほらはいってジョー」

「はいはい」

 私はルガン君に背中を押され、アルバティの入り口に手を掛け店に入りました。



…………………



 店のなかは列車のなかでした。

「お帰りなさい、星海はどうでした?」

 チクタクさんはウインクをして私に問いかけました。


 

 ルガン君はいなくなっていました。

 さっきまでの出来事は、夢だったのでしょうか? 

 霧がはれたかのように港町は消えていました。

「チクタクさんルガン君はどこです?」

 とりあえず、目の前のチクタクさんに疑問を吐きました。

「ルガン・リードォは最初からいませんよ、貴方は過去の湯気の中にいたのです」

「過去の湯気とは?」

「ハハ勉強熱心ですねぇ、よろしい、過去の湯気とは過ぎ去った時から出る幻想です」

 チクタクさんは誇らしげに言いました。確かに気を失う前になぜか綿菓子に包まれたような感覚を思い出しました。

「すると私は過去の世界にいたということですか?」

「いや過去そのものにはいけないよ、とても硬いからね」

 硬いとはなんでしょうか? 時間に硬いとか柔らかいとかあるのでしょうか? いやいや、それよりも聞きたいことがあります。

「ではルガン君は?」

「君が出会ったルガン・リードォは実は本人ではないのです。それは過去に付着した、魂の残留物なのです。そのかんじだと楽しめたのですね。」

 足を組み蒼茶を啜るチクタクさん。それは様になっており、一番星のようでした。

「そういえば、チクタクさんはどこにいっておられたのですか?

 私、ひとりで心ぼそかったですよ。」

「すみませんすみません、私は別の湯気にだったみたいですね。」

「誰とあったんです?」

「ふふふ、懐かしい友人に会いましたよ。ソルティは良いところです。」

 うれしそうに語る、チクタクさん。

「では駅に着くとそれぞれ過去の湯気に入ると?」

「はいはいはい、例外はありますがそうですね。」

「なるほど、行く前に聞きたかったです。」

「ちょっとしたサプライズですよ。」

 いたずらっ子のような顔で、チクタクさんは指を鳴らしました。

「さて次の駅が近づきますよ、次は、十字星じゅうじせいですよ。」

 タイミング良く、アナウンスがなります。

 次は十字星~十字星~。


 再び白い煙に包まれます。


 そして静かに私は、気を失いました。


 



 ふと気がつくとそこは森でした。

 辺りは暗いが星と月のお陰で、とりあえず見えます。

 青臭いけど新鮮な空気を吸い込むと、気持ちは落ち着いてきました。あらゆる虫の声が聞こえ、一人で森のオーケストラを聞いているようでした。

 それゆえか心細さは少しましになってきます。

 とりあえずは人のいるところに行きましょう。

 チクタクさんのいうことを信じれば、誰かしらはいるはずです。

 そうと決まれば、とりあえずは月の方向を目指し、歩き始めたました。

 お月様は真ん丸、満月です。過去の世界の月も現在と変わりませんねぇとかなんとか考えながら、草を掻き分け、木々を掻き分け前進していきます。


 何分?いや何時間か立ちました。


体は冷えてきました。


露出している手の表面に細やかな傷がついて、じくじくします。


 疲労でゼエゼエ喘いでいると、ふと前の雑木林から物音が聞こえました。



 人かな? と目を凝らします。




 しかし変な匂いがします、鉄と生臭いの匂いがしました。




 音がします。



 風でしょうか?




 しかし風は吹いておりません。



 虫の歌声もいつも間に、聞こえないです。


 おかしい、おかしいです。

 

 嫌な予感がします。

 立たない鳥肌がてでくるような感覚に戸惑います。


 これな危ないと思い足を止め、逆方向へ走ります。


 しかし遅かったのです。

 あれはすぐに現れました。

 生臭く脂ぎった毛を身に纏い、大きさは5メートルぐらいあります。

 力士ですら子供と思わせてしまう腕には黒曜石を思わせる爪が映えており赤く染まっていました。


 ナイフのような巨大な牙には肉がこびりついており、わかってしまいます、コイツが肉食であるということを。


 そして一番に目につくのが一つだけある巨大な目でした、それに浮かぶのは血走った飢えた獣の眼光です。



 私は走り、走ります。


 脱兎のごとく、足を動かします。


 走る、走る、


 恐怖で限界をこえ、傷つこうが、なにしようが木々をなぎ倒す勢いでこの森をかける。


 後ろから重いものが迫ってきます。

 地面をドラムのように刻みながら、追いかけてくる、追ってくる。

 獲物を腹の中に収納するために。


 追い付く、追い付いてしまう。

 これ以上は早くはできない。


 ダメだ追い付いてしまった。

 あの化物に飛ばされ大木に叩きつけられる。

 チカチカする星が見えた。


 化物が迫ります、私は体制を整えようと尻餅状態から後退り、後退り。神に願う助けてほしいと。

 しかし、ダメでした右腕を噛まれます、肩から先は口の中へ。

 熱い唾液に背筋が凍り、ガギンと硬いもの同士がぶつかる音がした。


 右腕が痛みで熱くなる。もうダメ、ここで終わりそうおもいました。



 衝撃がきました。

 化物の口から腕がとれます。

 ハッとしてみると、化物の単眼に銀色の杭のようなものが刺さっています。



 私は気を失ってしまいました。





 




 ふとパチパチという音で目が覚めます。

 目の間には焚き火があり、メラメラと火が揺らめいております。

 私は毛布にくるまれ横になっており、右腕には包帯が巻いてありました。 

 まだ少し熱さを感じる右腕をかばいながら、身を起こすと火の向かい側に胡座をかいて座っている男が気がつきました。

「目覚めたか? 具合はどうだ?」

 長髪をかきあげ、鋭い目で優しく尋ねます。

「はい、おかげさまでまだ右腕が変ですが、ありがとうございます。

 私はゼ…いやジョバンニと申します」

「ベルデだ。お前さん危ないところだぞ、この森は一人でノコノコ散歩できるほど平和ではないぜ」

 ベルデさんは諭すように私を叱りました。

「すみません、実は列車で旅行をしていて」

「列車?ここにはそんなものないぜお前さんまさか変な薬でもやってるんじゃないだろうな」

「いえいえ!そんなまさか!!」

「もしそうならしかるべきところにお前さんを閉じ込めなくてはならない。」

 そういいながら、彼は懐からナイフを取り出します。

「ち、ちがうのです。」

「やってるやつはそういうのだ。」


一難去ってまた一難。

私は震えながら、後退りしました。

すると、



「だめだよ、べるちゃん、けがにんにそんなことをしたら」

 どこからともなく、5歳ぐらいの黒いシスターの服を着た少女があらわれました。

 その舌足らずな声を聞いたベルデさんは、罰の悪そうな顔でナイフをしまいます。

「ごめんね、かれはようじんぶかくて、わたしはディアナともうします。よろしくね、けがはだいじょうぶ?」

「あ、大丈夫です、私はジョバンニです。」

 彼女は笑顔をうかべました。

「うんうん、スープがあるけどのみますか?」

「ありがとうございます。」

 焚き火で温めてある土鍋から木のおたまで木のコップにスープを注ぎます。その空に向かう湯気をみて、私は夜空をみました。

「どうぞあついからきをつけて」

「はい、いただきます」

 私はスープ少し口に含みます。冷えた体がほぐれます。

 根菜と何かの肉がたくさんはいっており、こっくりした味とスパイスの香りが私の胃袋を支配いたします。

「おいしいです。とても。」

「そう?これベルちゃんがつくったんだよ、よかったねぇベルちゃん」

「…………そうか。」

 ベルデさんはそっぽをむいてしまいました。

「しかしバンニくんもたいへんだね、まものにおそわれるなんて」

「助けていただきありがとうございます」

「うでをちりょうしたけど、……きみは……いや、きみはこれからいっぱいなやむのだろうね」

 意味深にいうディアナさん。見た目は少女なのに老獪さが伺えます。

「お二人はここでなにをしているのですか?」

 愛想笑いをうかべ私は誤魔化し、二人に尋ねた。

「魔物退治さ、最近大量発生して、集落の人間や行商人たちを襲ったりしてたからな」

「わたしたちは、まものハンターなの」

 淡々と答えるベルデさんと胸を張るディアナさん。

「へぇーハンターですかカッコいいです」

「そんな対したこと「そうそう、ベルちゃんはねしぬまでひとたすけを、するんだよ。かっこいいよね」

 ベルデさんにわってはいり、喋るディアナさん。

 二人はとても仲良しに見えます。

 いきなりディアナさんは笑顔から真顔になりました。

 不思議なことにその姿はやはり自分よりなん十歳も上に見えます。

「きみはこうかいしたときはある?」

「後悔ですか?」

「わたしはあるよ、しぬことをきょくたんにおそれてみんなにめいわくをかけた」

「……」

 ベルデさんは目を伏せ黙って聞いている、火のパチパチとした音しか聞こえません。

「けど死ぬことは誰だって怖いですよ? そんなの普通です。」

 私だって死にたくないし、死ぬことを想像くるとヒエッとなります。

「そうだねそれはふつうだね、けどねわたしはあまりにもおろかでねずるをしたんだ」

「ズルですか?」

「うん、ずるをしてだいじなひとたちをいっぱいきずつけた。

 けどベルちゃんたちにまちがいをきづかされてね、しょくざいのチャンスをえたの、わたしはきめたの、このみがほろびるまでつみをつぐなうと」

「……………」

 私はなにも喋れません、何をしたか正確にはわかりませんが彼女の覚悟をみると相応な罪なのでしょう。

「けどベルちゃんがてつだってくれるから、わたしにはすくいはあるわ」

「……俺にも後悔があるからな大事な人を苦しみから助けられなかったからな、だから死ぬまでは助けるさ」

「ベルちゃんありがと」

 少しロマンチックな雰囲気になってきました。私はここにいてもよいのかわかりません。

「だからねバンニくん、なやみやくるしみがあればだれかをたよりなさい、わたしのようにこうかいすることはないわ」

「はい」

 聖母のように微笑むディアナさん、父のように無愛想ながらどっしり話を聞くベルデさん、ふと憧れた家庭生活を思い浮かべます。

 そんな暖かな雰囲気に、私は思わず口がゆるみ尋ねてしまいました。

「人は死んだらどうなるでしょうね」と。

 ディアナさんは、それを聞くとにこりと笑いこう答えた。

「きいたはなしによると、しぬとねホテルマンがむかいにきて、しのかみさまのホテルにつれてってくれるらしいよ」

「ホテルですか?」

 初耳です。新しい解釈な気がします。

「それでねさみしがりのしのかみさまがパーティーをひらいてくれるの」

「ふふ楽しそうですね」

「そうだね。こんなにたのしそうなら、しなんてこわくないかも」

「私もいけますかね、その死のホテルへと」

 私はいけるのでしょうか? 魂の終着点へ。

 私みたいな歪な存在でも…………

 冷たい肌がさらに冷えた気がします。

「だいじょうだよ、どんなあくにんでもいけるのだからバンニくんならいけるよ、ね?ベルちゃん」

「ふん、行きたくなくてもつれてかれるから心配しなくてもいいぞ」

「そうですねありがとうございます」

 慰めでも嬉しくなった私は立ち上がり、頭を下げました。

 そのとき手帳が落ちました。

 それをディアナさんはひろい、アッと思い付いたようにいいました。

「せっかくだからおまじないをしてあげるよ、そのてちょうにわたしたちのいちぞくのおまじないをね。ベルちゃん」

「ふむ、少し手帳を借りるぞ」

 ベルデさんは隅っこの荷物の中から白い骨をとりだし、炭をぬり、手帳におしつけました。

 それをみるとヤギの顔みたいなマークが押印されています。

 その黒さは、森の青い匂いがしました。

「これは?」

「ああ、俺たちの一族は狩りの獲物の骨を使い体や武器にスタンプの要領でマークをつけるんだ、種類はいろいろあるんだが、ま…これは激励のマークってやつさ」

 彼は、ニヤッと笑みを浮かべました。

「はいありがとうございます。」

 これから後悔することや、傷つくこともあることでしょうけれど、この時を思い出せばなんとかなるような気がしました。

「もう君は、寝た方がよい、夜が明けたら町まで案内しよう」

「ベルデさんたちは寝ないのですか?」

「だいじょうぶだよ、わたしたちは ねないから」

「一応見張りも必要だ、この森ではな、気にするな。いいから寝ろ」

 彼は毛布を投げつけてきます。投げつけられた毛布にくるまり、私は横になりました。

「ベルデさん、ディアナさん、ありがとうございます。この恩は必ず返します。」

 二人は返事をしなかったが、なぜだが応えてくれたような気がした。

 そして眠気に襲われ、私は目を閉じました。




 …………………




 目を明けると、そこは列車のなかでした。

「十字星はどうでした? スリリングでしたか?」

 チクタクさんが蒼茶を飲み、笑顔でむかえました。



 

 車両のテーブルに熱々の蒼茶が入ったカップがおいてあります。

 チクタクさんが淹れたらしく、手をかざしどうぞとジェスチャーをしました。

 熱々の液体をゆっくり飲むと、冷たい体に暖かさが広がります。

 息を深くはき、私は口を開きました。

「とても恐ろしい経験をしました。危うく食べられるとこでしたよ」

「そうですか、そうですか。けど無事だったでしょう?」

「けど腕が……あれ?ない?」

 腕に刻み込まれた傷は、綺麗さっぱりなくなっていました。

 ツルツルです。

「過去の湯気は幻想なのです、それゆえ記憶にしか残りません。

 しかしその出会いは過去に残らなくても、本物なのですよ」

 わかるような、わからないような。頭のネジが緩みそうです。

 顔赤くして考えていると、チクタクさんは蒼茶のおかわりをついでクスクス笑います。

「まぁ旅行とはアクシデントはつきものです、楽しみましょうよ。

 ほら外をごらんなさい」

 社内の窓をみると巨大な星が見えます。

 いやあれは月です。ウサギが餅ついています。

 窓を開け顔を突っ込み外をみる、流れる風に冷気を感じ、顔が変形します。

 やはりウサギです。しかしよくみてみるととてもあのウサギ大きいです。目測ですが十メートル以上はあります。

 そしてそのウサギたちが持っている槌などの道具や餅はそのくらいの大きさになるでしょう。

「チクタクさんあのウサギたちはなんのために餅をついているですかね?」

 ウサギが餅をつくとはよくいいますが、餅が好きなのでしょうか?

 ウサギの好物は人参のイメージがあります。

「それはね………きみ、きみ、きみ! 危ないですよ」

 窓から身を乗り出して月を見る私に、珍しく慌てて注意するチクタクさん。 

 けど、やはり美しい光景は身を乗り出しても見たいのです。

 こんな近くで、大月をみれるのは私達しかいない、そう思うと優越感に心が満たされます。

 まもなく月の橋~月の橋~

 そんな優越感に、浸っているとアナウンスがなりました。

 そんなことを考えていると、雲にあたったような感覚におそわれ視界が白に染まります。

 列車から投げ出された感覚をおぼえながら、私の意識はなくなりました。


 

「……も…」



 暗闇から何か聞こえます。




「………も……し…」





 とても眠いです。




「……も………しも…………だい…」



 私は死んだのかもしれません。


「もし、大丈夫ですかっーー!!」

 大きな声で呼ばれ、跳ね起きました。

 ここは? ハッと周りを見回すと大きな池があり、辺りはお花ばかりです。

 なんだが、貴族の庭園を思わせます。

「大丈夫ですか? こんなところで寝ていては風邪をひきますよ?」

 美しい人でした。


 月夜に映える銀髪であり、瞳は綺麗なダークブルーです。髪型は前髪を横一文字で切ってあるロングヘアーで、綺麗な顔がハッキリと見えます。

「す、すみません迷惑をおかけして」

「いえいえなんともないのでしたら、あなたもしかして旅のお人ですか? この辺りでは見かけられないので」

「はい少し旅行に。」

「あらあら そうなのですか。

 急ですが、もしよければお茶会に参加しませんか?」

「お茶会ですか?」

「はい今日は、一年に一回の大月ですからね、誰でも参加できるお茶会を開催しています。あ、失礼しました。

 私はヘカミス・ルーナ・テイラーと申します。

 気軽にヘカミスとお呼びください。」

 ヘカミス? 何処かで聞いたような名です。

「私はぜ…いやジョバンニと申します。私もお茶会に参加したいです」

「ジョバンニさん。ではこちらへどうぞ。」

 ヘカミスさんは案内してくれます、池のかかっている橋を超え、お茶会の会場へ向かいます。

 月は満月で少し大きく見えました。池に写る月も変わらず本物のように輝いております。

 薔薇のような、花の香りが優しい風に体を包み込み歩くと大きな屋敷が見えてきました。

 全体的に白くて、月の光を反射し光っています。

 もしかしたら月の石で建てたものなのではないか? と思わせる素晴らしい建物です。

「彼処が私の宮殿ですよ、こう見えて偉い人なので」

 少し胸を反り、自慢気なヘカミスさん。

「すごいです」

「中はもっとすごいですよ」

 そう言うと、大きな扉をヘカミスさんが指で三回叩きました。

 そうすると、扉が重そうな音をたてて開きました。

「ほぉ」

 思わず息を飲んでしまいました。

 すばらしい、その言葉は出てきません。とても広く、言葉にいいあらわせられないです。神がつくったような彫刻が至るとこにあります。ここは本当に現世なのでしょうか?

 例え世界一の美術館でも、ここまでの美術品は見られないでしょう。

「ふふこのとおり内装にも拘っておりますよ。どうです?」

「すごいですねぇ」

 ひらいた中にはたくさんの人たちが楽しそうに会話を楽しんでいました。

「メインは蒼茶ですよ、しかも私の独自ブランドです」

 私を近くのテーブルに座らせ、対面に座ります。

 彼女は近くのメイドに柔らかく、命令をしました。

 しばらくすると、蒼茶のポットとカップ、

 そして黄色の団子がピラミッドのようにつまれたお皿をもってきました。

「ではお客様どうぞ。」

 メイドさんではなく、ヘカミスさん自信が私の雪のように白いカップに蒼茶を優雅に注ぎます。

 夜空を思わせる、濃い青に私の血の気がない顔がうつります。

 流星列車の蒼茶とくらべ、香りが強い気がします。

「いただきます。」

 そう言うと私は、蒼茶を口に含みました。

 口の中に、香りが広がります。香りで神秘の果実がなっている、木の前にたっているかのようです。

 不思議な感想ですが、香りがとても美味しいのです。

「とてもおいしいです、初めて飲みました。こんな飲み物は。」

 素直に思っていることを、口にだしました。

「私のこだわりの茶葉ですからね、この日のために厳選と厳選を重ね、魔法を重ねがけ抽出法をつかい癖なく、香りだかく、そしてまろやかな濃い味の実現をいたしました。」

 ヘカミスさんは鼻息を荒くし、嬉しそうに語ります。

 しばらく、蒼茶の熱い話は続きます。

 初めて目にしたときは、大人な淑女という印象でしたが蒼茶を語るときは10代の少女のようにみえました。


「あなたには理想はありますか?」

 話題がいきなりかわり、蒼茶の話しにうんざりとしてきた私は答えます。

「理想ですか?ないと思います、ヘカミスさんにはありますか?」

「はい、あります。今日のお茶会はそれに繋がる一歩なのです。」

「一歩とは?」

「ジョバンニさん今日、きている人たちのことをみて気付くことはありますか?」

 私はハッとして周りを見渡した。

 人の種類が豊富で貴族みたいな高級な服を着た人やおそらく農作業に従事しているてあろう翁や騎士の鎧を着た人、耳が長い金髪の人、頭が狼や猫、カエル、ましてや肌が岩のように固そうな人、暗夜のごとく黒い人、小人や巨人しかも奥にはなんと巨大な青い竜もいます。

「なんというか、いろんな種族の人がいて統一性がないですね。」

「そうです、当たりです。」

 ヘカミスさんは嬉しそうに声をあげました。

「私のいや、私とねえさまの理想は誰もが隔てなく平和に過ごすこと。 種族や身分関係なく、お茶会をやってみたかったのです」 

 確かにここにいる皆は種族の垣根をこえ、調和しているようにみえます。

 これが一番すごいと私は気付きました。

 残念ながら、私がいる世界ではこんな数の種族が集まり、楽しくお茶会など不可能ではないかと思います。

「確かに私もこの空間は初めてで知らない人ばかりですけどなんだか落ち着きます。」

「ありがとうございます、けどまだまだ課題はありますね、宗教やら貧富の差、差別などはまだどうしようもない」

 少しヘカミスさんはうつむきます。

 直ぐに顔を上げました。

「いずれ成し遂げてみせます。どんな種族でも何も気にすることはなく、空気を吸うように自然と仲良く暮らせるような国をつくります。どれだけ時間がかかろうと成し遂げて見せます、例えもし私が死んでも次の世代が果たしてくれるでしょう」

 それは大義です。私は感動しました。

 こんな私みたいな存在でも、ヘカミスさんのいる国でなら卑屈にならず過ごせそうに感じました。

「すみません、少し熱くなりすぎました。

 ………重ねてすみませんお客様が来たみたいです少し挨拶に向かいますね、このまま蒼茶を楽しんでくださいお団子も全部いただいて大丈夫ですので。」

 メイドさんに耳打ちをされ、彼女は立ち上がり頭を下げました。

 そして目的地に向かいます。

「あ、ヘカミスさん」

 私の声に反応して、ヘカミスさんは振り返りました。

「またお話しできますか? あ、あと貴方の理想を私も手伝いたいです」

 彼女はニコリ笑います。

 月の女神みたいな素晴らしく、美しい笑顔で。

 そして、私に捌英星の乙女座の絵が描かれたカードを渡します。

「これがあればお茶会の時は、いつでもここに入れます。

 またいつか蒼茶を飲みながら話しましょう、今度は私のねえさまも呼びます。」

 そう言うと立ち去りました。

 私の冷たい胸にすこし暖かみを感じます。これが恋でしょうか?

 その感覚にきみの悪さを感じると共に、けどすこしの喜びも感じました。

 団子をひとつ口に放ります。とても甘かったです。それは幸せの味かもしれません。







 しばらくすると、その幸せが壊れました。

 女性の悲鳴が聞こえます。

 男性たちが集まり、大声で医者を呼んでいます。

 私は、見てしまいます。


 ヘカミスさんが椅子の上で空をあおいで力なく座っている姿を。


 口は血塗れになっていて、美しい瞳は濁っていました。




 毒殺、私は思い出しました。

 なぜ、忘れていたのでしょうか?


 ヘカミス・ルーナ・テイラー。

 歴史に残る、その偉人の名を。


 お茶会の悲劇。

 国の英雄の一人の暗殺。後年、有名な画家たちがその光景を思い、絵画にした。


 歴史の日陰。闇。



 私はヘカミスさんの元へ行こうと走ります。


 人を掻き分け走りますが、顔から転んでしまいます。


 なにかが壊れる音を聞き、私の視界は黒に染まりました。



………………………




 そして目が覚めました。

 私は列車の席で横になっています。

「ああっ!大丈夫ですか!?」

 チクタクさんが珍しく動揺しています。

 私は見知った顔をみて、安心したと同時に泣けない自分が嫌になりました。


 





 列車のなかは、静寂に包まれます。

 どのくらい時間が過ぎたかわかりません、私はただただうつ向いてあいます。

 チクタクさんは気を遣ってくれたのか、無口で外をみていました。

 列車がガタンゴトンと揺れます。次は何処へ行くのか、少なくとも私にはわかりません。

「もう一回ヘカミスさんのところに行き、教えられないのですか?

 貴方は毒殺される………とそうすれば助けられます。」

 チクタクさんに聞きます。

 しかし彼は首を横に振り、私の目をみて答えました。

「教えることはできますけど、過去を変えることはできません。

 過去の湯気は残留した魂であり、私たちは実際に過去にいっていないのですよ」

 その答えは、わかってはいました。けど。

「なぜヘカミスさんが……立派な方でした」

「しかし、志しが高い英雄は短命なのです。泡のようにあらわれ、そしてすぐ消えていきます」

「なんででしょう、なんででしょう? 人間は不思議です」

 私は、再びうつ向きました。なんだか疲れました。


「安心してください。次は、最後の過去の湯気です」

「私はもういきたくありません」

「しかしこの列車に乗ってしまったら、入るしかないのですよ」

 私はゲンナリします。



 私はルガン君のように、真っ直ぐ夢を目指せないし。



 ディアナさんやベルデさんみたいに、自分の罪を見つめ償うことやそれを支えることはできません。



 ましてやヘカミスさんのように、大義をもち行動することも不可能です。


 なんだか嫌になります。



 するとアナウンスが流れます。

 空花~空花~

「来ましたよ、最後の過去の湯気がお互い準備しましょう」

 すこしウキウキ加減が戻った、チクタクさん。

 私も目を閉じて待ちます。

 そうするとなにか柔らかなものに、包まれる感覚に身を委ねました。


 


……………



 目を開けると、そこは花畑でした。



 しかしすべて蕾です。



 見渡すと絶景でした。ここはとある山の頂上のようです。

 変わらず夜です。しかし空の奥はすこし白んでいるようにもみえ、夜が明けるのはそう時間はかからないと思います。


「きみは誰?」


 少年の声が聞こえます、振り向くと男?女?どっちかわからないおそらく少年が立っていました。

 金髪で、青空のようなマフラーをつけており、左手には体に似合わないガントレットを装着していました。

「……えっと」

 いきなりで私がたじろぎ戸惑っていると、彼は太陽のような笑顔

 を浮かべます。

「僕はアズロ・フォロウ、アズロ・フォロウっていうんだ、きみは?」

 大きな声で自己紹介をしてきました。

「私は、ジョバンニです」

「君さ、君さジョバンニっていうんだ。

 いい名前だね!ここには何しにきたの!!」

「あの……旅行にきました」

「旅行!! いいね初めてみたよ旅行にきた人」

 物珍しそうにグイグイ私のところにくるアズロ君。

 しかし、彼はいきなりキョトンとした顔になり、こういいました。





「あれ、君さ、もしかしてすると人間ではないね。」





 戦慄しました。驚きで目が限界まで開きました。私は思わず後退りしてしまいます。

「君ってなに? 母様の本にかかれたゴーレム、とはなんか違うね。

 とても人間っぽいね? なんなの? 知りたいなぁ」

 遠慮なく好奇心を、漏らしながら聞いてきます。

 なぜ? 私が人間ではないことを? 

 わからない、わからない。

「……なぜ…わたしが…人間ではないと?」

「君って、君って人間とは違うオーラだしてるからね、わかったよ。あらもしかして気にしてた? あぅごめんねけど知りたかったんだ」

 しゅんと落ち込むアズロ君、感情豊かな子です。

「私は魔法人形です。本当の名前はゼロヨン号と申します。」


「へぇけど本当の人間みたいだね、体なんて人間みたいにクニクニしてるし」

 遠慮なく私の腕をさわるアズロ君。

「けどさっきなんでジョバンニなんて嘘の名前を?」

「私はこのゼロヨン号という名前が嫌いなのです。なんかすごく淡白で味気ないです。」

「へぇだからかぁ。自分でつけたの?」

「はいまぁ昔みた小説のキャラからとりました」

「はぇえ」

 アズロ君は感心して、ため息をはいています。

「じゃあ君は高性能なんだね」

「いいえ私はエラー品として閉じ込められてました」

「え?なんで、なんでさ!?」

「私は他の兄弟とくらべると仕事ができないのです。

 悩むから、余計なことを考えてしまうから、人間に近すぎて、他の人に気持ち悪いといわれたりました」

「うそ、自分で考えることは悪いことなの?」

「だからでございましょう、本来私は命令に疑問をもつことなく働くのが仕事ですから、自分の考えをもってはならないのです。」

「そんなのってないよ。」

 悲しそうな顔になるアズロ君。

 彼の前ではついつい心に隠していたことをいってしまいます。彼にはすべてを包み込む大空のような人です。

「じゃあ君ってそのまま人形でいいの?」

「私は…………人間になりたかった……けど無理です、だって人形なのだから」

「けど人間なんじゃない? 世の中には毛むくじゃらな獣の人や角が生えてる人、とか色々いるよ。

 だからさ人形だって、人と言ってもいいんじゃない?

 うん君は人間さ、考えられるし、悩むことができる!!君は今日から人間さ!!そういう種族なんだよ。」

「……フッなんですかそれ……ハハハ」

 長年の悩みを、無理矢理解決しようとする。彼の言葉に思わずわらいました。

 少し気が軽くなった気がします。

「うんうん、笑えるんだから人間さ。僕だって母様の口から生まれた歪な生き物みたいだけど、母様は言ったよ僕は息子で人間だと同じことだよ」

 ニコニコとアズロ君は笑います。

 ここが過去の幻想でなく、現実だったら……切実にそう思いました。

「あっそうだ。僕がきみの父様になってもいいよ」

「は?」


「僕が名付け親になってもいいよ、嫌いなんでしょ本名?」


「いや私はジョバンニで結構でございます。」

「そう?なら姓をあげるよ。フォロウを授けるよ、義兄弟なろ?僕さ兄弟が欲しかったんだ。」

「うええ」

「僕も名前なかったんだ、母様からは坊やとしか言われなかったからね。

だからさ自分でつけたんだ。」

「へぇそうなんですね」

 彼もすこし悲しい生まれのようです。

 けどそれを感じさせないふるまいをみると、なぜか元気になってしまいます。

「アズロはね古代文字で青空って言うらしい、僕は青も空も好きだからそれにしたよ。フォロウはねフォロウ草からとったんだ」

「フォロウ草?」

「ほら、ここの蕾の花だよ、おっ丁度いいね朝日だ!!」

 夜が明け、黄色朝日がそっと会いに来ました。

 花畑が光に包まれると不思議なことに蕾が次々と咲き始めます。

 それは綺麗な青でした。まるで地面に大空が咲いたようでした。

 私はそれをみると、心の氷が溶けたように感じました。

「そう通称青空草でね、日に当たると花が咲くんだよ。僕はこの花が好きなんだ」

 自慢気にアズロ君は語ります。 

「だからさ、君もよければフォロウを名乗っていいよ。」

「そうですね、私も気に入りました。」

「よしならこれを授けよう、兄弟。」

 アズロ君は懐から栞をだしました。

 フォロウ草の押し花でつくられた栞です。綺麗な青でした。

「ありがとうございます、大切にしますよ。」

 私はそれを受け取り、手帳に挟めました。

「これから花の妖精たちと探検するんだ、ジョバンニもいこうよ。」

「探検ですか。……いいですね、私もお供します」

 アズロ君は私に手を伸ばします、その手を掴もうと手を伸ばしました。

 しかし朝日で目が眩み、閉じてしまいます。


 目を開けるとそこは…………







「おや? いいことでもありましたか、顔にかいてありますよ。」


 流星の列車のなかでチクタクさんは、優しい表情で座っていました。






 

 流星列車は終点へむかいます。それはこの旅と……チクタクさんとの別れの時です。

 列車は終点駅に止まります。

 

 過去の湯気は、もう出てこないです。


 私とチクタクさんは立ち上がり、列車からでました。



 ホームにおりたつと、いつの間に列車は消えていました。



「どうでした? どうでした?今回の旅は?」

 チクタクさんは尋ねます。

「正直、色々ありすぎて疲れましたよ。」

「けど初めてあったときより、顔色が良いように見えますね。」

「はい楽しかったですよチクタクさん。」

 私は笑顔を返します。

「ではこれでお別れということです。最後に貴方のお名前をきいても?」

 今更ながら、自己紹介をしていないことに気がつきました。


 なので

「私の名前はジョバンニ。ジョバンニ・フォロウです。」

 と名乗りました。





 これで私の旅行は、ひとまず終わりです。

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出来損ないは星の夢を見るのか? ジミー @JimmyB

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