エピローグ

エピローグ


【ブロック1|風だけが知っている】


風が吹いている。

名前を持たない風だ。


草を揺らし、

木の枝を鳴らし、

誰の耳にも残らず、通り過ぎる。


「ああ……」


誰かが、遠くで息を吐く。

それが誰なのか、もう分からない。


【ブロック2|声のない場所】


ここには、声がない。

祈りも、罵りも、謝罪も。


あるのは、

焼け跡の土と、

踏み固められた記憶だけ。


「ここで……だったのね」


女の声。

若い。

震えている。


「そうらしい」


連れの男が答える。

曖昧な言い方。

責任を持たない言い方。


【ブロック3|名を呼ばれない人】


「名前は?」


女が聞く。


男は、肩をすくめる。


「分からない」


「記録にないの?」


「ない」


「……かわいそう」


その言葉は、

とても軽く、

とても優しい。


だから、

何も救わない。


【ブロック4|助けられた記憶】


別の場所。

古い家の台所。


鍋が、静かに煮えている。

薬草の匂い。

少し苦く、少し甘い。


年老いた女が、目を閉じて言う。


「昔ね……

夜中に、熱を下げてくれた人がいたの」


「医者?」


「いいえ」


女は、首を振る。


「名前も知らない。

ただ……静かな人だった」


【ブロック5|誰も繋がらない】


「今も、効くの?」


若い娘が聞く。


「ええ」


女は、微笑む。


「だから、忘れられないの」


娘は、首をかしげる。


「忘れられないのに、名前は知らないの?」


女は、少し考えてから言う。


「……そういうものよ」


その答えが、

どこか、悲しい。


【ブロック6|紙の上の真実】


別の町。

書庫。


紙をめくる音。

埃の匂い。


男が、呟く。


「間違いだった……」


その声は、小さい。

誰にも聞かれない。


「当時は……仕方なかった」


自分に言い聞かせるように。


「時代が……」


言葉が、途中で止まる。


【ブロック7|謝らない理由】


「じゃあ……」


若い記録係が聞く。


「誰が、謝るんですか」


男は、苦笑した。


「今さら、誰に?」


その問いに、

答えは出ない。


出ないから、

誰も謝らない。


【ブロック8|沈黙の継承】


夜。

町に灯りがともる。


人々は、家に帰る。

食事をし、

子どもを寝かせ、

今日を終える。


誰も、

沈黙を悪だと思っていない。


「何も言わなければ、

波風は立たないから」


そう教えられてきたから。


【ブロック9|それでも残るもの】


だが、

沈黙は、消えない。


土に染み、

空気に混じり、

言葉にならない重さで残る。


誰かが、理由もなく胸を痛める夜。

誰かが、説明できず責められる瞬間。


それは、

ずっと前の沈黙の続きだ。


【ブロック10|もし声が届くなら】


もし、

彼女の声が、

今ここに届くなら。


彼女は、

叫ばない。


罵らない。

呪わない。


ただ、

静かに言うだろう。


【ブロック11|想像の中の声】


「私は、

間違っていたのでしょうか」


問いかけるように。


「説明できなかったことは、

罪だったのでしょうか」


答えを、

求めない声で。


【ブロック12|聞く側の沈黙】


私たちは、

その声に、

どう答えるのだろう。


また、

黙るのだろうか。


それとも、

遅すぎる言葉でも、

口にするのだろうか。


【ブロック13|歴史の顔】


歴史は、

きれいに書き直される。


「あれは、間違いだった」


その一文で、

すべてが終わったことにされる。


だが、

終わったのは、出来事だけだ。


【ブロック14|残された問い】


名前を失った人。

謝罪を受け取れなかった人。

説明する機会すら、奪われた人。


彼女たちは、

どこへ行ったのか。


答えは、

どこにも書かれていない。


【ブロック15|最後の言葉】


風が、また吹く。

名を持たない風が。


そして、

静かに残る。


沈黙は、

無罪を証明しなかった。


ただ、

歴史を汚しただけだった。




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魔女狩り ――沈黙が罪とされた時代 春秋花壇 @mai5000jp

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