そういうとこだぞ高島津くん(リブート)

SB亭moya

第1話 漢、高島津竜也の恋が実るまで

「竜也君のまっすぐな所は好きだよ。だけどごめんね。私、腐女子なの」


 勇気を出し、花束を差し出した竜也の告白に、美穂はそう、答えた。

 ちなみにこの日のために竜也が用意した花は、百合とカーネーションだった。


 一般的にそれらの花は、お葬式の時に献花される花である。

 竜也は、なんとなくそれが、美穂にピッタリのイメージだったから選んだという。



 男、高島津竜也は苦悩していた。


 恋をしていた。

 竜也は今年、十七になる。まさに青春のど真ん中だ。

 背も高く顔立ちも良い。だがかといってモテたのかというと、そうは問屋がおろさなかった。


 竜也は、頭が弱かった!!

 竜也には、女心がわからぬ。相手を好きになることは男子の本能で覚えても、相手に好かれる術などわからぬ。

 するとどういうことが起きるかというと、どうしても、どうしても思いが一方通行になるのだ。


「高島津くん、なんか怖い」


 これを十七という年齢になるまで、異性に何度言われてきたことか。その言葉が彼の心に楔を打ってしまっていた。


 相手を喜ばせる術もわからぬ。気の利いた言葉も、場の空気を読むことすら彼には困難なことだった。


 そして、今回の恋もこのようにして終わろうとしていた。

 竜也が恋した少女 美穂は、同い年の十七歳、セブンティーンにしていわゆるNL、男女の交際に興味がないという。


 このようにして、竜也の多様化社会を生きる上では真っ直ぐすぎた恋は終わりを告げんとしていた。

 竜也には、NLなどという言葉ですら理解ができぬ。

 男女が愛し合う、そんな自然な行為がなぜわざわざカテゴライズされなければならぬのだ。

 むしろそう言った言葉が、LGBTQを区別してしまってるのではないか?! というのは筆者の個人的な意見である。


「なんだい? 腐女子って。美穂に振り向いてもらうためだったら俺、腐男子にもなる!!」


 真顔でこれを言う。竜也という男はこういう男なのだ。

 美穂は竜也のこういうところを、嫌いではなかった。むしろ可愛いとすら思えていた。


 しかし……


「そういうことじゃないの。今は多様化の時代だよ? 男女が普通に交際するなんてつまらないじゃない」


 竜也は混乱した。

 竜也には美穂が、何を言ってるのかわからぬ。じゃあ、我々はどうやって生まれてきたのだ!? 

 と竜也は心の中で叫んでいた。


 結局その日は別れたが、竜也の苦悩と、頭痛は続いていた。

 腐女子とはなんだ、腐女子とはなんだ、腐女子とはなんだ。

 横になっても、美穂の横顔、笑顔が脳内で再生されて、呼吸が浅くなり、心拍が上がってそれは竜也の体を突き上げる。


 しかし、腐女子という言葉をインターネットで調べることは、この竜也という男にはできなかった。

 竜也はインターネットで検索すると、脳を機械に支配されるという妄想に囚われていた。


 そんな竜也の相談相手は、もっぱら妹である。


 妹の友里は、竜也の悩みなどつゆ知らず一連の話を爆笑していた。


「真面目に聞いてくれないか」


「ごめん。ごめん。どんまい兄貴」


「それで、腐女子とはどういうことなんだ。お前理解できるか」


「そうねえ。まあ……わからないでもないね」


「なんだ!? 腐女子とは! 流行っているのか!? 下北沢に行けば買えるものか!?」


「何と勘違いしてるかわからないけどさ。婦女子ってのはBL好きのことだよ」


「うん。話の文脈を察するに、そういうことなんだろうとはわかったんだ。だが、俺が美穂を喜ばせたい場合、どうすればいいのだ?」


「ないね。何も。まあ出来て、美穂さん? の前で違う男の子とイチャコラすることじゃない?」


「茶化すな真面目に聞いてるんだぞ俺は!」


「私だって真面目に答えてるんだよ!」


 竜也は頭を抱えてしまった。


「まあ、そういう子を好きになっちゃったのが悪いよ。これはどうしようもない。どんまい。次の恋を探そ」


 竜也は頭を抱えたまま、八角系を描くように転がってみせた。なかなかの特技だ。


「それができるなら妹よ。とっくにやっているのだ。

 それができないから妹よ。兄は苦しんでいるのだ」


「あー。重症だねこれは」


「なんだ。BLとはそんなに良いものなのか」


「わからないなら、もう仕方ないって。理解できないものを理解しようとしたってそれは、嘘じゃん。

 自分に嘘ついてまで恋ってするものじゃないと思うけど」


「そこを理解しないと先に進めないのだ兄は。笑うがいいさ妹よ。不器用な兄を。

 ……お前さっき『わからないでもない』って言ったじゃないか! 何がいいんだBLとは!」


「そうねえ……他人に対して『婦女子』を名乗っちゃうような人でしょ?……兄貴には理解できないと思うんだけど……」


「理解する!」


「美穂さんのレベルの腐女子が期待することは……『濃厚な肉体がらみ』じゃない?」


「男同士のか!?」


「男同士の」


「つまり、美穂を喜ばせたいなら、『濃厚な肉体がらみ』をみせないといけないわけか……」


 その日、夜も眠らず竜也は考えた。美穂を喜ばせるためにはどうしたらいいかを考えた。

 そして……あくる休日の事である。

 竜也はこりもせず、美穂を『ある場所』に誘った。


 美穂にしても気まずくない、といえば嘘になるが……


「どうしても美穂を喜ばせたいんだ!!」

 

 という竜也の一言に根負けして誘われてしまったのである。その場所は……


















「ハッケヨーイ!! のこった! のこった! のこった!!」








 新春、一月十二日の両国国技館。大相撲初場所。それも高い二人用のマス席。チケットは三万円を超えた。


「え…… なんで相撲?」


「男同士の濃厚な肉体がらみを、美穂に見せたかったんだ」


 三万円とは、実家暮らしの高校生にすれば天文学的数字だ。

 それだけのために竜也はアルバイトをして、美穂に見せることができた。

 竜也の顔は、満足感に溢れていた。



「たっちゃん……」


「何?」


「たっちゃんて、ばかだね」


 そんな竜也のことを、美穂は嫌いになれなかった。

 少なくとも、他の退屈で凡庸な男にはない、馬鹿さだった。


 竜也は恥ずかしそうに頭を掻いて見せた。



* * * * *


 時は経ち、大学生になった高島津竜也と美穂である。

 あれから何度となく竜也は美穂に告白をしたが、美穂は上手にあしらっていた。

 その度に竜也は体の水分の九割を吐き出すほど泣いた。


 美穂も美穂で、そんな竜也の反応を楽しんでいるところがあった。


 竜也は焦っていた。

 どうしても美穂が振り向いてくれない。何をすれば美穂は自分を好いてくれるのだろう。

 有象無象の男性なら諦める。根性のある男なら、

「二度まではガチの告白をして、潔く諦める」


 だが、竜也はどちらでもなかった。メンタルが強かったわけではない。馬鹿だったのだ。


 ある年の、冬のことである。


 男性アイドルグループのライブ映像を見ながら、


「歌がうまい人ってさ、やっぱ格好いいよね」


 と、美穂が何気なく発したこの言葉で、竜也は目覚めた。

 これだ!! 突破口はここにあったのだ!!

 そこから……竜也の涙ぐましい努力がはじまったのである。


 まずは肉体改造だ。声が通る人間の条件、それは頑丈な体躯である。

 日本人には、実は音痴はいない。その人を音痴たらしめているのは、「自信のなさ」と、「声の小ささ」である。

 つまり! 音痴は! 治せる!!

 ……今のは、竜也の持論であるので間に受けないでいただきたい。

 しかし、爆発的なエネルギーを喉から発すると言う作業。

 そのエネルギーを支えるために体を鍛えると言う部分に限っては頷ける。


 竜也の肉体改造が始まった。 

 まずは、環境づくりからだ。

 竜也は、自室に、ブルース・リーと、チャック・ノリスのポスターを貼った。


 目指す人間の体格を毎日眺めることで、その肉体に近づいていくということらしい。

 そして何より腹筋だ。彼は大声で往年のシャンソン『愛の讃歌』を永遠と歌いながら腹筋を一日四時間こなした。

 回数ではない。時間なのだ。


 そして、腹筋のみが歪に発達した竜也は、レコード会社に自身のデモテープを送った……。







 S Sレコード、プロデューサーの舛添は、一枚のエントリーシートと送られてきたデモテープに注目していた。

高島津竜也。十九歳。

 真面目そうだが端正な顔立ちは、いかにも女性の母性本能をくすぐりそうだったし、その歌声に衝撃を受けたのだ。


 多少荒削りだが、裏声に頼らないブルース・スプリングスティーンを彷彿とさせるパワーボイスに好感が持てたし、何より、歌に感情を乗せる技術に秀でていた。


 送られてきた音源は『粉雪』と言う言わずと知れた冬のヒットソングだが、高島津竜也が歌うと演歌に聞こえた。


 舛添は、彼に興味を持った。


 後日、レコード会社に竜也を呼び出した舛添は、竜也に「なぜ歌うのか?」と質問をした。

 それはこのレコード会社の扉を叩いた幾人もの歌手志望の人間に聞いてきた言葉である。

 それに対し、竜也は一点の曇りのないまなこで、こう、答えた。


「聞いて欲しい人が、いるからです!」


 舛添は、竜也をますます気に入った。彼を売り出そう! 彼を世に出すことが自分の使命だ! 

 竜也の歌声は、一人の人間の心に火をつけた。


 それからはトントン拍子に話が進んでいった。SSレコードは広告会社と連携して高島津竜也を売り込み、彼のデビュー曲『ノーマル・ラヴ』のミュージックビデオは一ヶ月で1千万回再生された。


 彼の歌声は海外に届き、有名R&Bコンポーザーが『タツヤに曲を書きたい』と申し出た。


 若きアーティスト、高島津竜也の誕生である。


 そして今日、下北沢のライブハウスにて、彼のデビューワンマンライブが開催される。

 五百人は収容できるこの箱でもすでに消防法違反ギリギリの人数で埋まっていた。

 もちろん、VIP席には達也が呼んだ人物がいる。美穂だ。


 美穂は、今日までどれだけ竜也が苦労したかを知っている。

 そんな彼が誇らしかったし、なんだか自分まで感動してしまいそうになっていた。


「今日は来てくれてありがとう。大切な人のために、歌います」


 影マイクで、竜也の声が響いた瞬間、会場は満雷の拍手が鳴り渡った。

 そして、ライブの一曲目のイントロがかかり、会場のテンションは沸点に達した。


 それはカバー曲、「粉雪」だ。

 美穂は、思わず涙ぐんでしまった。


「粉雪、舞う季節は、いつもすれ違い♪」


 竜也がステージに現れる。会場には、悲鳴に近い声が響いた。

 その声にも勝る力強さの歌声で竜也は美穂に歌った。


「ささいな言い合いもなくてララライ、ララライ、同じ時間を、生きてなどいけない♪」


 ステージの上の竜也は、すでに「仕上がって」おり、目には何者かが乗り移ったようだった。

 美穂は感動の半分、少しだけ嫌な予感がした。


「素直になれないなら、喜びも悲しみも、虚しいだけ♪」


 そこで美穂は確かに、「ブチン」と言うギアが入った音を確かに聞いたと言う。そこから、竜也の『覚醒』は始まった。



 歌に入り込み、激情の渦中にいる竜也は、マイクケーブルを引きちぎった。



「こなああああゆきいいいいいねえ!!」






 今まで、歓声を上げていた観客は一瞬にして静まり返った。

 竜也の顔は豹変し、もはや自身の制御を失っていた。

 俗にいう『ゾーン』に入っており、彼の理性も意識も失われており、歌に入り込むあまり狂気的な何かが宿ったのであった。

 ……要するに、『彼の悪い癖』が出てしまったのである。


「こおこおろむぁでしぃろくぅ!! そぉめるるるるぁれたぁぁなるぁ!! あ”あ”あ”あ”!!」


 竜也は、マイクスタンドを床に振り下ろし、何度も叩きつけ、真っ二つに折り、それが終わると、立てかけてあるサイド、サスライトにハイキックを食らわせて倒し、馬乗りになって床に打ち付けた。


 美穂は目を伏せた。観客は、何が起きなのか呆然としている。


「ふたあありのおおおお!!あが、あがあが、あがあがあがあが、あがががががが」

 

 後半は、もはや歌ではなかった。

 馬乗りになった灯体に、アドレナリンが爆発した竜也が噛み付いたのだ。そして、鉄製の灯体を、竜也の顎は食いちぎった!!

 口が切れた竜也は、血を流しながらも、一曲を歌い切った………。


 この日のライブは、ある意味伝説となった。

 しかし意外なことに、この事件でますます竜也の人気は上がってしまうことになった。

 観客は今まで見たことがないパフォーマンスに圧倒されて、言葉を失ったのだ。

 まるで落語の名作、『中村仲蔵』のような事件が本当に起きたのである。





「好きです」


 これで何度目になったかわからない竜也の愛の告白は、口から血を流しながらだった。

 その様を見て美穂は、


「たっちゃんは、本当にばかだね」


 と、言った。その後……


「いいよ。私の負けだよ。付き合おう」


 竜也の歌声(!?)は、信じられないことに、一人の女性の心を動かしたのだ。


 その夜、下北沢の空に、その日一番の竜也の咆哮が響いたとされ、冬眠をしていたクマを起こしてしまったという。


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2025年12月25日 06:00

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