第2話:死出の道
ザ・リーフは音楽の天才だった。
いや、「天才」は言いすぎか。
言いすぎだったかもしれない。
まあいずれにせよ、音楽的な才能を持っていることは間違いない。特に、アコースティック・ギターの腕はプロレベルだった。
だから保安官を罷免されてから今日までの二年間――エイティが銀行員になってキール家の財務状況を探り、ゴールドバーグが女をだまくらかしてキール邸の地図を入手していた時――、ザ・リーフは流しの歌手をやっていた。
クラブやバーを回って情報収集するのが、彼の役目だった。
――討ち入り決行日の前夜。
ザ・リーフは、小さなクラブにいた。
今日も今日とてカントリー・ミュージックを奏で、歌い、
「ではいい夜を!」
控え室に戻ると、一人の女が待っていた。
女の名はフランキスカ。通称キカ。何度かベッドを共にしたことがある相手だ。
キカはにこりともせずに、開口一番こう言った。
「あんた、何かあったのかい?」
ザ・リーフは小さく笑った。
「急にどうしたんだよ」
キカは無言だった。
ザ・リーフは再び笑って、
「おいおい、無視かよ」
「……」
無視だった。
「さてはおれに本気で惚れたか?」
「……」
やはり無視だった。
キカは、ザ・リーフをじーっと見つめていた。
――ザ・リーフはこういうのに弱かった。
彼はたまらず、
「……なぜわかった?」
「そりゃわかるさ」
キカは鼻で笑った。
「あれだけ別れの歌ばかり歌ってりゃあね」
(あ……)
振り返ってみれば、その通りだった。
その日、彼は無意識の内にその手の歌ばかり歌っていた。
改めてキカが訊いた。
「あんた、何かでかいことを企んでいるだろ?」
ザ・リーフは舌を巻く。
(鋭い女だ……)
さらにキカは、
「いつか言っていた、オヤジさんって人のかたき討ちだね?」
(鋭すぎる!)
「やれやれ。かたき討ち、ねぇ。そんなことをしたらよくて終身刑、悪けりゃ死刑だろ。まったくよくやるよ……」
そんなキカに対して、
「ふっ」
ザ・リーフは前髪をかき上げた。
そして
「もう覚悟しちまったことだ。止めてくれるなよな……」
とキザにきめた。
ところがキカは、
「え? いや、止めないけどさ」
一ミリたりとも止める気はなさそうだった。
(こら、ちょっとは止めろ!)
(人が終身刑か死刑になることをしでかそうってんだぞ? ちょっとは止めろ!)
心の中で叫ぶザ・リーフ。
しかし、
(……ま、まあいいだろう)
すぐに気を取り直し、
「どんな結果になるかわかっていても」
たばこに火をつけた。
「それでもやらなきゃならないことがある。それが男ってもんさ……」
紫煙を吐き出した。
キカは言った。
「……アホらし」
(このアマ!)
(人が男の道を語っているのに、それを「……アホらし」のひと言で片づけるな!)
(だいたいその三点リーダは何だ!)
内心わめきつつもザ・リーフは平静を装って、
「アホらしい、か。そうだな。まさにその通りだ。男ってのは総じてアホなのさ……」
再び紫煙を吐き出した。
(これでどうだ!)
(今度こそきまっただろ!)
「ふーん」
キカは言った。
「――来世は女に生まれてくるといいね」
◇◆◇◆◇
金曜日の夕方。
雪でも降りそうな寒さの中――。
四十七人は、テキサス州立墓地に集合した。
全員が馬にまたがり、今日この日のために隠し持っていた衣装に身を包んでいる。
ワイシャツにジャケット。
レザー製のカウボーイ・ハットとブーツ。
もちろん腰には、ガン・ベルトが巻かれている。
エイティは半べそをかいていた。
「これだよ、これ。これが本当のおれさ。契約書チェックの鬼だなんてもう誰にも呼ばせないぞ!」
エイティの隣では
「ふふふ……」
ホリスが不敵な笑みを浮かべていた。
彼は一人だけ農耕馬にまたがり、ガトリング・ガンを担いでいた。
曰く、
「滅茶苦茶にしてやるぜ……」
農耕馬を選んだのは、ガトリング・ガンが重すぎて普通の馬では運べないからである。
保安官の格好でずんぐりむっくりした農耕馬にまたがるホリスはひどく不格好だったが、だからこその迫力があった。
◇◆◇◆◇
四十七人はカウボーイ・ハットを脱ぎ、アーサーの墓に向かって無言で挨拶すると、
「さあ行こう」
キールの屋敷に向かって移動を開始した。
街の人の邪魔にならぬように、彼らは車道の端を一列になって進んだ。
兄貴分のクラーク曰く、
「おれたちはマフィアじゃなければ、殺人鬼でもない。ただかたきを討つだけだ。だから法を遵守しなければならんよ」
というわけだ。
しかしそれにしても、馬四十七頭、じつに二百メートルにも及ぶ長い隊列である。彼らの故郷サンアンジェロのような田舎町ならまだしも、ここは大都会オースティン。
猛烈に目立つ。
街の人びとは四十七人を見つめ、
「今日は何かのお祭りだっけ?」
「えーと、たしかイエスさまの……」
やがて赤信号にぶつかった。
先頭のクラークが手を上げ、合図を出した。
四十七頭の馬がぴたっと停まる。
通行人が近づいてきて、
「あのぉ」
クラークに声をかけた。
「おたくら、もしかして二年前の」
二年前――パイン・ロード事件とそれに端を発する騒動は、広く報じられた。アーサーのみならず、クラークらの顔写真を載せた新聞も少なくない。
いまも当時のことを記憶している者がいたようだ。
クラークは男の言葉にうなずいた。
男はごくり、唾を呑み込んで、
「そ、それじゃあ、まさか今日は……」
「ああ。たぶんあんたがいま想像している通りだよ」
クラークは微笑んだ。
「おれたちは今日、やるべきことをやりにきたんだ」
男は天を仰いだ。
「ザッツ・クール!」
そして、
「かたき討ちだ! ガンマンがかたき討ちにきたぞ!」
その声に周囲の者がどよめいた。
騒ぎになった。
「それじゃあこのにいさんたちは、二年間も耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、かたき討ちの準備をしていたってことかい!?」
「立派なもんだ!」
「神の祝福を!」
もちろん、「二年前」だの「かたき討ち」だのと聞いてもピンとこない者もいるようだが、そこはアメリカの男である。ノリがいい。
「オー、イエース!」
「イエース、イエース!」
お祭り騒ぎになった。
数人の男がぱっと車道に飛び出した。
彼らは体を張って車を止めると、
「さあ行ってくれ!」
とクラークらに手を振った。
車が抗議のクラクションを鳴らすが、
「おいこら! 少しぐらい待てねーのか!」
「こちとら、かたき討ちだぞ!」
買い物帰りの男が、車のフロント・ガラスに卵を投げつけた。
クラークはカウボーイ・ハットを軽く持ち上げて、
「ご厚意に感謝する!」
道を進んだ。
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