孤高の騎士は満たされたい

歌舞伎ねこ

第1話


 ノヴァ・アレキサンダーは知らぬ者がいないS級冒険者。

 たった一人で数多のモンスターを屠り、難関クエストを攻略した英雄。

 誰とも群れず、常に単独でクエストを制覇する彼女のことを人はこう呼ぶ。

 孤高の騎士と。


「はあ……」

 人通りの多い街を歩きながらノヴァは一人溜息をついていた。

 女性にしては高い身長。筋肉質の体に鋭く格好のいい目。口元はいつも真一文字に結ばれている。

 全身に身に付けた鎧は体に合わせた特注品で腰回りをスカート状、人一倍大きな胸はプレートで覆われていた。

 大きなお尻とむっちりとした太い太もも辺りまで伸びる暗い色の髪を後ろでくくられており、歩くたびに揺れていた。

 腰には鞘に収まった切れ味抜群の愛剣が差されており、これまで数多の敵をこの相棒と共に切り倒してきた。

 ノヴァが猫背になりながら暗い顔で歩いていると、街行く人々が尊敬の眼差しを送った。

「すげえ。S級のノヴァ・アレキサンダーだ」

「本物はやっぱりでけえな」

 みんなひそひそと噂をするだけで、誰もノヴァに話しかけはしなかった。

(……また、今日も誰とも話せなかった)

 ノヴァが落ち込みながらも向かう先はギルド本部だった。

 クエストの受注を一手に引き受けており、冒険者にとっては母船のような存在だ。

 ノヴァは大きな建物に入ると受付を見回し、顔馴染みを探す。

 そして椅子に座り、コーヒーを飲んでくつろいでいた受付嬢のルイスを見つけた。

 髪を短く切ったレディスーツ姿のルイスは如何にも仕事ができる女性だった。

 ネクタイをつけたルイスはどんよりとするノヴァを見つけて苦笑した。

「どうしたの? いつにも増して暗い顔してるけど」

「うう……。それが……」

 ノヴァがぼそぼそと事情を説明するとルイスは声を出して笑った。

「あはは! パーティー募集の張り紙を見て集合場所に行ったのに恥ずかしくてずっと隠れてたなんて。ノヴァらしいわね」

「……お、大きな声で言わないで……」

 ノヴァは恥ずかしそうに赤くなるが、生憎周囲には聞き耳を立てる者はいなかった。

 ルイスは呆れて笑った。

「でも誰も思わないでしょうね。まさか孤高の騎士様が極度の恥ずかしがり屋だなんて」

 そう。ノヴァが孤高の騎士と呼ばれているのは誰とも組まないのではなく、組めないからだった。

 ノヴァが話せるのは昔からの幼馴染みであるルイスだけ。

 それ以外の人と話そうとするだけで緊張して言葉が出なくなる。

 早い話がコミュ障だ。

 パーティーを組む為に他の冒険者を誘うなんてもっての他。誘われても恥ずかしがってまともな返事もできない。

 だが生活のためにクエストはクリアするしかなかった。

 仕方なくソロで仕事を引き受けていたノヴァはめきめきと頭角を現し、気づけば孤高の騎士という不名誉な二つ名までつけられてしまった。

「うう……。なんでこんなことに……」

「一人でなんでもやっちゃうからでしょ?」

「だ、だって……。お仕事しないと食べてけないし……。食費とかこの剣とアーマーのローンも残ってるから……」

 ノヴァの装備は屈強な体で振り回しても折れない剣と大型モンスターの攻撃にも耐える特注のアーマー。

 既製品で済まそうとしたノヴァだが、武器屋と防具屋の店主の誘いを断り切れず、泣く泣くローンを組む羽目になった。

「ど、どこかのパーティーが騎士とか剣士の募集してない?」

 大きな体で俯くノヴァにルイスはやれやれと呆れながら手元の資料をめくった。

「今のところそういう募集はないわねぇ。あってもS級だとミスマッチすぎるような小さなパーティーばっかりだわ。あとは強そうなところにこっちから希望出してみるって手もあるけど」

 ノヴァはぶんぶんと残像が出るほど首を振った。

「だよねぇ。結局ソロでやるのが一番ノヴァに向いてるのかも」

 そのこと自体はノヴァも分かっていたが、どれだけ強くなっても常に心が渇いているような気がしていた。

 ぽかんと空いたその穴を埋めようともがいても、それが満たされることはなかった。

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