『風水のために死にかける夫』深夜2時シリーズ

志乃原七海

第1話 【深夜2時シリーズ】寝てたらベッドごと持ち上げられた話



***


**エピソード:深夜2時の大改装**


ドガん、バゴォン!!

「オーライ! 右、もうちょい右!」


なんだ? 爆発か?

俺は跳ね起きた。いや、跳ね起きようとしたが、布団ごとなぜか体が宙に浮いた感覚に襲われた。


「ちょ、え!?」


目を開けると、そこには信じられない光景があった。

青いつなぎを着た屈強な男たちが二人、俺が寝ているベッドを今まさに持ち上げているのだ。


「あ、旦那さん起きましたー!」

「うっす! すんません、そのまま乗ってて大丈夫っすよー!」


「いや大丈夫なわけあるか!! おろせ!」


俺は慌ててベッドから転がり落ちた。

部屋の中は戦場だった。養生テープが壁に貼られ、タンスが移動し、知らないおっさんが俺のデスクを分解している。


「な、なんなんだこれは! 泥棒か!?」

「違うわよ!」


怒声と共に現れたのは妻だった。片手には部屋の間取り図、もう片手には風水の雑誌。


「業者さん呼んだのよ。『24時間即対応・ナイトレスキュー引っ越しセンター』!」

「引越し!? やっぱり出て行くのか!?」


俺は叫んだ。深夜2時に業者を呼ぶほどの緊急事態。よほどの決意だ。


「はあ? 何言ってんの?」

妻は呆れたように俺を見た。


「出て行くわけないでしょ。**模様替え**よ」


「は?」


「模様替え。この配置だと『気の流れ』が最悪だって、今ネット記事で読んだの。だからベッドを南向きにして、タンスを北西に置かないと、私たちの運気が死ぬのよ!」


「……運気?」


俺は部屋を見渡した。

深夜2時。

見知らぬ男たち3人。

電動ドライバーのキュルルルル!という爆音。

足の踏み場もない床。


「運気が死ぬ前に、俺が過労で死ぬわ!! なんで今なんだよ!」


「今思い立ったんだから仕方ないでしょ! ほら業者さん、手が止まってる! 時間制なんだからテキパキやって!」

「へい喜んでー!!」


「うおおお! タンス重てぇ! 気合い入れろ!」

ドズゥゥン!!


アパート全体が揺れた。

俺はパジャマ姿のまま、部屋の隅に追いやられた。

もう寝る場所なんてどこにもない。

そもそも、ベッドは解体され、マットレスは廊下に立てかけられている。


「あ、旦那さん、そこ邪魔っす」

「あ、はい……すいません」


俺は体育座りで膝を抱えた。

時計は2時半を回っている。

妻は目を輝かせて「そこに観葉植物を置くスペースを作って!」と指示を飛ばしている。


結局、業者が帰ったのは明け方4時。

完全に目が冴えてしまった俺の目の前には、確かに風水的に完璧かもしれないが、どこに何があるか全くわからなくなった「他人の部屋のような寝室」が完成していた。


「あー、スッキリした! これで熟睡できるわね」


妻は満足げに新しい位置のベッドに倒れ込み、3秒で寝息を立て始めた。

俺は朝日が昇るまで、変わってしまった天井のシミを見つめ続けた。


(完)


***


### 【解説・読者視点からのツッコミ】


**1. 「業者、断れよ」**

深夜2時の依頼を受ける『ナイトレスキュー引っ越しセンター』、ブラック企業なのか、それとも超高額な深夜料金を取るプロ集団なのか。どちらにせよ、彼らの「へい喜んでー!」というテンションが逆に怖いです。


**2. 「金の使い方!」**

ただの模様替えに、深夜割増料金の業者を使う。この妻、思い立ったら金に糸目をつけないタイプです。夫の小遣いは減らされているのに、こういう時にはドカンと使う。一番タチが悪いパターンです。


**3. 「運気のために寿命を削る矛盾」**

「運気が下がる」ことを気にして、夫の睡眠時間と健康、そして近隣住民との関係(騒音)を完全に破壊しています。風水以前に、人として大切な何かが崩壊しています。


**4. 「結論:寝れません」**

「これで熟睡できるわね」じゃないんだよ、と。

物理的に部屋が変わって脳が覚醒してしまった夫。このあと仕事に行く彼に、同情の涙が止まりません。

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