第5話 ルクス/その後

 フィーナとノアールの婚姻記事を見て羨望と後悔でおかしくなりそうだった。


(新聞の一面を飾ったのは私だったのに!)何もかもノアールに奪われた。


 家を出て向かったのは平民の富裕層が暮らす地域。ここには某公爵の別宅があり、愛人のマダム・カトレアが住んでいる。

 彼女は自由奔放な未亡人で従者を使って私に接触し『公爵に口添えしてあげるわよ。もちろん見返りは頂くけど?』と何度も勧誘されていた。

 ミモザを裏切るなど出来ず断り続けたが、あの記事を読んで決心した。


 カトレア夫人の愛人となり彼女の世話をしながら給金を貰ってミモザに渡した。堕落していく自分が情けなかったが2年辛抱するだけだ、公爵家で働いて私の優秀さが認められれば社交界にも復帰できるかもしれない。


 公爵は港町に時々仕事で訪れる。もしも会う機会があれば自分をアピール出来るとその時を待っていた。



 2か月が過ぎるとカトレアの愛人になったのがミモザに知られてしまった。カトレアは有名人だ、バレるのは時間の問題だった。


『愛人業なんてやめて! 今ならどこかの商会で雇って貰えるわ。貴方は優秀だもの、お願い! 今の生活は耐えられないの』


 涙ながらに訴えるミモザに以前のような美しさは消えていた。

『2年辛抱すれば君だって美しさを取り戻し今よりも贅沢な生活が出来る。私は公爵の元で働き、また社交界に戻るんだ』


『何を言ってるの?私達はもう平民なのよ?そんなの叶うわけ無いわ』


『凡人には無理だろうね。でも私なら可能なんだ。一流の教育を受けて来たんだからね、きっと認められるはずだ』


『ルクス、貴方はもう狂っていたのね。可哀そうな人、私と出逢わなければ幸福に生きていけたのに。ごめんなさいルクス……』


 泣き崩れるミモザに何も言えずただ寄り添っていた。


(どうして分かってくれないんだ? たった2年じゃないか)

 ミモザは私を愛している。そのうち理解してくれるだろうと考えてカトレアの元に戻った。


 それからはミモザには生活費を渡すだけの味気ない関係になり、ミモザの憐憫な視線が不快で週に一度戻っていたのが月に一度戻るだけになった。


 針子の仕事でわずかな給金を貰ってミモザは質素な暮らしをしている。前は庇護欲をそそる可愛らしい令嬢だったのが今や平民に成りきっていた。


 カトレアは年齢よりも若く見える魅力的な女性だ。頭も良く話題も豊富で最初は奴隷扱いする彼女を嫌悪していたが私もそれなりに彼女との時間を楽しんでいた。



 ──そんな生活が一変する出来事が起こった。


 その日は久しぶりに公爵が訪れる日であり、カトレアは出迎えの準備に勤しんでいた。

 私も漸く公爵と会える機会が訪れると緊張していたのだが、やって来た公爵の隣には若い令嬢が立っていた。


『これからはこの屋敷にはリリアンナを住まわせる、君の仕事は終わった。早々に出て行ってくれたまえ』

 カトレアは若い愛人にその座を奪われて追い出されるのだ。それは私も同じだった。

『使用人は全て入れ替える為に解雇する。紹介状は用意させるのでそれを持って出て行ってくれ』


 私の思惑は大きく外れ、さらに愛人の立場だった男達には公爵家の紹介状は貰えなかった。



 気落ちして家に戻るとミモザの姿は無く、テーブルの上には離婚届とメモが置いてあった。


 <お別れしましょう>

 そう一言だけ書き残し妻は私の元を去ったのだ。


 ミモザの為に全て捨てたのに彼女は私を捨てた。ああそうだフィーナも私を見捨てた……女とはなんて薄情な生き物なんだろう。


 その後はやけになって酒浸りの日々を送り、酒場の踊り子の家に転がり込んだ。

 ミモザはどうやら他国の船員と再婚するらしい。確実に離婚したか興信所の男が確認しに来た。




 数年が経ち、踊り子にも捨てられると私は小さな商会で経理として働き、細々と港町の片隅で生きている。



 一度だけ南国のリゾート地に向かう豪華客船に乗り込むフィーナとノアール夫妻を見かけた。

 可愛らしい子供達に囲まれて、かつての義妹は幸福そうに微笑んでいた。





 ──終わり。

 読んで頂いて有難うございました。

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愛する義兄に憎まれています 橘 みか(ミカン♬) @toda571

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