第2話

「ピピピピ…!」

 目覚まし時計の音が響いて、私、森下千尋は目を細めながら体を起こす。

 手探りで止めて、しばらく天井を見つめた。

 キッチンに降りると、母がすでに朝食を用意している。

 湯気の立つ味噌汁と炊き立てのご飯、そして大好物の卵焼き。

 母の向かいの椅子に座って、テレビのニュースを横目に朝食を口に運んでいく。

「今日は部活あるの?」

「あるよ。7時帰りくらいかな」

 そんな会話を交わしながら、鏡に映る自分の顔を確認して、玄関の扉を開けた。

「行ってきます」


 定期をタッチして、改札を通り過ぎていく。

「今が7時10分だからあと3分か…」

 電子掲示板とスマホの時間を照らし合わせて、軽く胸算用を立てる。

 電車がホームに到着し、スマホをカバンにしまった。

「危ないですから黄色い線の内側までお下がりください」

 聞き飽きたアナウンスが流れ、電車がホームへ停止した。

 ドアが開き、電車へと足を踏み入れる。

 優季が今日はいない、か。

 大体同じ時間の電車にいるはずなのに珍しい。

 そして、なんだかいつもより人が多い気がする。

 どこかの電車が遅延でもして、こっちに流れてきたのだろうか。

 バックから教科書を取り出して、2時間目の歴史のテスト勉強。

 1時間ほどして高校の最寄駅の青崎駅に到着した。

 道を埋め尽くすほどいるはずの生徒が私一人だけしかいない。

 なんだか悪い予感がする。

 誰もいないうっすらとした廊下。

 教室を覗くと1時間目の授業が行われていた。

 8時20分を指すはずの時計は1時間後の9時20分を指して、平然と進んでいく。

「お、森下。遅刻だぞ、早く座れ」

 促されるように自席に着き、教科書を広げた。

 家の時計がズレていたのだろうか。

 いや、でもそうならば、駅の電子掲示板もスマホもズレていたことになってしまう。

 流石にそれはあり得ないだろう。

 では、ゆっくり歩き過ぎたのだろうか。

 いや、どんなにゆっくりでも20分程度の道を1時間以上もかけて歩いてきたなんてことは可笑しい。

 一体どういうことなんだろう。

「優季。今日朝いつもの時間に駅来てたよね?」

「そうだよ。それなのに千尋、来なかったから心配したよ」

 私にもたれかかって、柔らかい笑みを浮かべている。

「そっか。ごめん、ごめん」

 やっぱり、そうだよな。

 私が間違えたんだろうか。

 解せない気持ちのままその1日を終えた。

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