第2話 ベンチの時間

駅前のベンチに座るのは、逃げ場所を探しているからだと思っていた。

でも本当は、誰かに見つけてほしかったのかもしれない。


毎日同じ時間、同じ場所。

それなのに、私は風景の一部みたいに扱われる。


「……」


ため息すら、誰にも聞かれない。


その日、隣に座ったのは小さな女の子だった。

赤い靴、少し大きめのリュック。


「ねえ」


声をかけられた瞬間、心臓が跳ねた。

自分がまだ、他人に話しかけられる存在だったことに驚いたのだ。


「おにいさん、名前は?」


なぜそんなことを聞くのか、理由はわからなかった。

でも、久しぶりに口にした。


「康だよ」


「やすし!」


名前は、呼ばれるためにある。

その当たり前を、私は忘れていた。

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名前が戻る場所 1話 声のない朝 @Laliga

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