図書委員の里山さん、落ち着いて。

押谷薫

図書委員の里山さん、落ち着いて。

 放課後になると、僕は図書室に行く。

 西日が入るそこ。いつもの通り、里山さんがいた。


「おや、今日も来たね」


 ショートヘアの髪を撫でながら、里山さんは言う。


「うん、来たよ」


 本を借りるついでに、里山さんと話をするのが僕の日課だ。

 毎週一冊、本を借りる。読んでは返していくというサイクルを繰り返している。

 僕はそのまま書架へと向かって、ハードカバーを一冊抜き取る。『ダルタニアン物語』の続きだ。目星はつけていた。


「いつも借りるね。そんなに本が好きなのか?」


「里山さんは好きじゃないの?」


「何度も言っているが、特別好きってわけじゃないよ」


 じゃあどうして図書委員なんかに……と僕はいつも思う。

 昨年から引き続き、里山さんは図書委員に立候補したそうだ。

 今年度も続けているには、何かわけがありそうだ。

 理由を聞こうと思ってもはぐらかされるし、聞く機会もこの図書室でしかない。

 前は同じクラスだったが、今年は違うクラスになってしまったからだ。

 二年生になって、半年が経っていた。

 

「この世には、未知と呼ばれるものは少なくなった……」


 ポエムを口ずさむように、空を仰ぎながら里山さんは呟く。


「……突然どうしたの?」


「そうは思わないかい? この世には未知が少なすぎるよ――あぁ、なんてつまらない!」


 嘆きながら、里山さんがくるくる回る。

 制服のスカートが、花が開くように広がっていく。

 太ももが顕わになったところで、里山さんは床に崩れ落ちた。

 いつもこうだから、僕は特に驚かない。

 最近は段々酷くなっている気がする。

 危うく、パンツが見えそうだった。


「まぁ……確かにそうだね」


 今は通話や文字だけでなく、自撮りの写真や動画だって見られる。

 スマホというデバイスを通じて、リアルタイムで情報は得ることができる。

 限られた画面ではあるが、繋がれば見えないところはほぼ消えたと言っていいだろう。

 検索エンジンに言葉を入れれば、大抵の知識は簡単に手に入る。


「そうさ! オカルトの語源の通りだ。秘められたものが薄くなればなるほど、その神秘性は失われゆく!」


 僕の薄い知識だが、オカルトの語源となったラテン語には「隠されたもの」を意味する。

 そこから転じて「超神秘的」「超自然的」なものを指すようになったとか。

 未知がなくなることで予測はつくが、里山さんの言う通り、この世はつまらないのかもしれない。


「うう……つまらない、つまらなさすぎる」


 里山さんは床に崩れたままで起き上がる気配がない。

 僕は手を差し伸べると、里山さんがこちらを向いた。

 その目は涙で光っていた。


「知識は図書やネットの海でも拾える。でも――私は君がわからない。どうすれば、わかるんだ」


「自分の気持ちなんて曖昧なもんです。僕にだってわからないです」

 

「私の気持ちは、私しかわからないぞ」


「そんなことは、ないです」


 人の意識すら、この世では言葉で表現できていない。

 変わりゆく気持ちなんて、もっと難しいだろう。


「じゃあ、君は私の気持ちがわかるのかい?」


「僕は……」


 どう言えばいいだろう。わからない、わけではなかった。

 なんとなくわかっているけれど、僕の気持ちもはっきりしない。

 僕だって、鈍感なわけではない。

 里山さんがこんなに楽し気にしているのは、ここでしかない。

 

「ごめん。私も早急すぎた。君の気持ちも考えないでいたよ。忘れてくれ」


 このままでいいのか。

 でも、僕にだって里山さんに近しい気持ちがあるのは間違いない。

 足りない脳みそをフル回転して……ようやく絞り出した。


「なら、探しに行こうよ。僕たちを」


「……どういうことだい?」


「一緒に喋って話したり、その時の気持ちを伝え合うんだ。喜び、怒り、哀しみ、楽しい……全部言い合う」


 ご飯でも遊びでも、人によって感想は違う。十人十色。人の持つ価値観がそれぞれ異なるからだ。


「そうやって――知らない僕たちを、見つけてみない?」


「なんだか都合のいいような感じもするが……」


 里山さんは微笑むと、僕の手を取った。


「いいだろう。私という奥深さを見つけ出して、見せつけてやる。君も沢山見せてくれ」


 恋人でもなく、友達でもなく――知らない自分を探しに行く日々が、ここから始まった。

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図書委員の里山さん、落ち着いて。 押谷薫 @oshitani666

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