匿名R-2
年末。私の出身高校は学科の結びつきが強く、毎年誰かが必ず年末に同窓会を開いてくれる。私は特に誰に会いたいという訳でもないのだが、同級生との繋がりは途切れさせない方が良いだろう、という考えから毎年参加していた。…まあ、ワンチャン会えたらと思っている人間が一人、いないこともないのだが。
「あ、梨花ちゃんだぁ、早いねぇ」
後ろからかかった声に、思わずドキリとした。
「…真雪」
「ふふ、久しぶり~、って言っても一昨年のこの同窓会以来だよねぇ」
「真雪は去年は来てなかったね」
「うん、思ったより卒論が大変で年末年始遊ぶ余裕なかったからさ、大変だったよ~」
彼女-市ノ瀬真雪(いちのせまゆき)は、三年間同じクラスの同級生だった。黒髪を二つに束ねて丸眼鏡を掛けた、いわゆる根っからの優等生タイプ。クラスの中では派手な陽キャグループに属していた私とは正反対の、大人しい地味系グループに位置していた大人しい女子だ。ただ、何故か私に対しては積極的に話し掛けて来るという謎。タイプが違うはずなのに、私達は何かと一緒に過ごす時間が多かった学生時代だった。
予約していた居酒屋に入ると自由席だと言われ、私は適当に端の方の席に座った。真雪は何故か私にくっついてきて、すぐ横に座る。
「梨花ちゃんは今何してるの?」
「超ブラックな商社で朝から晩まで社会の歯車の一つだと自覚しながら日々を送ってる」
「あははっ、なにそれ!」
「朝は七時出勤。昼休みはあるけどその間にも電話対応とかあるし、帰りは終電じゃない日の方が珍しいかな」
「へぇ、大変なんだねぇ」
「真雪は何してるの?」
「私?」
すぐに返事が返ってくると思っていたのに、何故か言い淀むので思わず首を傾げると、真雪はふふっと笑って。
「自宅警備員かな!」
「は?」
「就活があんまり上手く行かなくて、会社に属するってことができなかったからね。個人事業主で家で受注できる仕事をやってるんだ。例えばブログ記事書いたりとか、動画編集したりとか」
「あぁ、最近はそういう仕事の仕方も増えつつあるし、良いんじゃない?」
「うん、仕事の時間が自由に決められるし、ある程度の収入も担保できるようになったから、正直会社勤めじゃなくても良かったかも」
「ふぅん」
私は相槌を打ちながら、ある可能性について考えていた。真雪の髪は高校に在学していた時から変わらず真っ黒のストレートで、大学に進学しても染めたり短く切ったりすることはなかった。今までは二つ結びが多かったけれど今日はずっとおろしていて、その穏やかでほのぼのとした語り口は私がずっと追いかけているYukiによく似ていた。Yukiを気に入ったのが先だったのか、真雪と似たところがあるから気になってしまったのが先だったのか、今となってはどちらが先かなんて覚えていない。ただ、Yukiと真雪をどこかで重ねていて、Yukiを追っかけていれば真雪の今も知れるんじゃないかと思ったことがあったのも事実。
あのさもしかして、なんて言えなかった。もし真雪がYukiだとして、私はただの”匿名R”だ。毎日配信に顔を出し、仕事の愚痴を聞いてもらったり、リクエストした曲を歌って貰ったり、Yukiの気分次第にもよるがちょっとした応援ボイスなんかを贈ってもらったりもした。私が”匿名R”だと明かすには、あまりにもYukiに執心していたし、あまりにもリスナーとしてYukiと距離感が近すぎた。
席を入れ替わりながら色々なメンツと話をし、いつの間にか数時間が過ぎお開きの時間になっていた。年末の繁華街は忘年会をする人たちで溢れていて、まだ寝静まる様子は見えない。集合した時よりも肌寒くて、私はきつめにマフラーを巻いた。
「ねえ、梨花ちゃんってもしかして”匿名R”さん?」
「…は?」
私の横に並び、ポツリと呟かれた真雪の一言にドキリとした。”匿名R”という名前を知っている人がそんなに多いはずはない。真雪がリスナーである可能性よりも、やっぱり真雪はあのYuki本人なのだと確信を持った。私は努めて冷静な態度で、動揺を悟られまいと表情を崩さないようにしていた。
「何それ?何の話?」
「…ううん、何でもない。ちょっと聞いてみたかっただけ」
「ふうん、そう?」
知られてはいけないのだ。高校のあの三年間で、たった一人好きになったのが他でもない真雪だったこと。高校を卒業してクラスのLINEグループができた時、真雪の連絡先にこっそり友達申請し、それが承認されて飛び上がるほど喜んでしまったこと。Yukiの配信に真雪の姿を重ね、Yukiの言葉を真雪の言葉のようにして自分の中に刻み付けていたこと。どれ一つ取っても絶対に知られてはいけないのだ。私の中の真雪の存在が、誰よりも大きく私の中に根付いてしまっていることに。
「そうだよね、梨花ちゃんは配信とか見ないだろうし。私の思い過ごしかな」
「真雪はこの後どうするの?二次会とか」
「うーん、今日は用事があるからもう帰ろうかな」
「…そっか、じゃあまたね」
「うん、次会えるのはまた来年かな!」
私達はそのまま深くは突っ込むこともなく別れた。実家に戻る途中、Yukiの配信の時間だと思い立ちバスの中で配信画面を開く。
『じゃーん!今日はいつもの家からじゃなく、地元の公園から配信だよー!そして~、ちょっとイメチェンで眼鏡にしてみました~☆』
Yukiが映る背景には、私達が通学の時によく通った地元の公園が映っていた。マスクはしているが、それは間違いなく、さっきまで私の横にいた真雪の姿だった。
「こんばんは」
”匿名R”として、私はまたコメントを書き込む。
『あ、匿名Rさん!今日もお仕事の帰りかな~?』
「いいえ、今日は飲み会の帰りです」
『え~偶然!私も今同窓会して来たんだ!匿名Rさんと一緒だね!』
Yukiの瞳が何か言いたげなのを、私はそっと見ないふりをした。真雪はYukiで、私は”匿名R”。きっとこの先も本当の関係性と私の気持ちは告げないまま、Yukiの配信を心の支えにして生きていくのだろう。それはこの先、Yukiが配信を辞める日まで、ずっと。
匿名R【GL/シスターフッド】 柊 奏汰 @kanata-h370
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