自害

目の前の巨体は、怯えた目をしたジョンドゥを笑う。


『貴様が相手とはなあ!俺も小ばかにされたものだ!この斧で豆腐のように真っ二つにしてやるぜえ!』とゴブリンは笑う。なんだ、ただの脳筋じゃないのか。言語野が発達していると見え、となれば、おバカなミスでこいつが死ぬことはない。厄介な相手だ。


そして早速ゴブリンは大きなモーションで斧をふりかざし、コチラに向けてそれを振り落とす。ジョンドゥからしてみれば、十分に避ける時間はあった。だがしかし、斧の衝撃で床が抉れ、彼はその衝撃で吹き飛ばされる。


『なんて筋肉だ!厄介だな!こいつはどうやって倒せば?!』と彼はつぶやく、このままでは逃げまどうばかりで太刀打ちできない。


『おらおら!子供の玩具のように簡単に壊れろ!俺はそれを見るのが楽しみなのだああ!』とゴブリンは存外にもスプラッター趣味をこちらに開示した。そんなことを聴かされても不快なだけで、コチラにとってメリットは何もない。


『逃げても無駄だぞー!この斧は特別な仕様だ。お前に勝ち目はない!!』とゴブリンは盛況にこの戦いを楽しんでいる。それもそのはず、体格差は膨大だ。巨人が赤子をいたぶるようなものであろう。


ゴブリンの周りを円形に走り抜け、無暗に攻撃を受けないように正面に立たないようにするジョンドゥ。ポッチャリ体型ではあるが、持久力には自信がある。しかし、それだとゴブリンが身体を少し彼の方に向け直すだけでよく、いつか疲れてしまう。ジョンドゥもまた、戦術に疎いのだ。それに…。


ゴブリンはにやりと笑い、『俺の思うつぼだ!それほど弄ばれたいか!!』と叫び、斧の秘密兵器を起動させる。そして、斧をその手から放り投げる。あろうことか、ゴブリンの手から斧が離れるではないか。


『おわああ!!』と慌ててジョンドゥ。あわや斧が身体に当たってしまうところだ。しかしドスンと音を立ててジョンドゥの後ろに落ちるとみられた斧は、ゴブリンの動きとともに、なにやら動く。


『魔法のチェーンが付いているのだああ!死ねエ!』と叫んだゴブリンは、斧を自らの手で見事に操り始めた。まるで、魔法使いでもある脳筋ファイターである。ジョンドゥは斧に追い回される。しかし、すばしっこいジョンドゥは斬られはしない。


『なせばなる!なせばなる!なせばなる!』と自己暗示の呪文を詠唱しながら、彼は逃げまどう。その後ろを、斧は追う。いつしか、ジョンドゥの前には岩が立ちはだかるではないか。


『おああ!!行き止まり!!!』と叫んだジョンドゥは、咄嗟に地面を蹴って飛び上がる。空中で捻りを加えながら飛行した彼の身体は、岩を軽々と飛び越えた。そして、岩に『ドガッ』と音を立てて突き刺さる斧。


岩の向こう側に着陸したジョンドゥの心臓は『バクバクバクバク』とけたたましい音を奏で、その興奮を物語っていた。彼は喘鳴を鳴らしながら、己の身がまだ死していないことを確認する。岩の向こうでは、ゴブリンが焦っている。


『あれ?と、取れねえ。』とゴブリンが言っているのは、おそらく岩に突き刺さった斧が取れないのだろう。だがしかし、まだ動悸が止まないジョンドゥは、腰が抜けてしまって、身動きが取れない。真後ろに斧があるというのにだ。悪くすれば、斧が岩を突き破り、彼を切る可能性すらあるというのに。


『うぬううう!!』とゴブリンは叫び、斧に夢中になっている。どうやら、ジョンドゥのことは意に介していないようだ。離れたところで思念の鎖を使い斧を引っ張っている。しかし、まだ抜けない。


『おらあああああ!!!』とゴブリンはさらに咆哮し、岩から斧を抜くのに本気を出した。すると、『バコーン』という音がしてジョンドゥの背にある岩が砕け散る。彼は、もはや死んだと思った。自分は、切られたと思い込んでいた。その場に、へたり込む。


しかし、事実は違った。いや、ある意味言い当てたかもしれない。ゴブリンが思念で引っ張った斧は、ゴブリンの方向へ勢いよく飛んで行き、そのままゴブリンの身体へと勢いよく飛んで行き、そのまま脳天を割ったのだった。死んだのは、ゴブリンの方だった。


ジョンドゥの意識の端に、『あらま。失神しとる。』と誰かの声が他所から聞こえた。なにやら、老齢のしゃがれ声を彼は耳にしたのだった。しかし、眼は開かなかった。


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