探偵事務所PEACH FLOWERへようこそ ~その事件、私には解決出来ないので他を当たってください!~

上田やさい

一話



探偵助手の朝は早いのだ。


現に今は、午前6時の少し手前。

ここから私の「探偵助手」としての仕事が始まる。

ベージュ色のカーテンを開けて、

澄んだ空気で輝く朝日を視界に取り入れてから

同居者兼上司の布団を思いっきり剥ぎ取る。


萌々華ももかさーん、朝ですよ?」


「あぁっ…待って…まだ二時間はいける!!」


「二時間いけないから、今起こしてるんですけど…」


そう言いながら、私から布団を奪い返そうと

ジタバタと藻掻いているものの、

私と萌々華さんの身長、体格差や

萌々華さんの朝の弱さから考えて…

絶対とまでは言いきらないが、ほぼ不可能だろう。


「ほら、どうせメイクに時間かけるんだから!

早く顔洗って目を覚ましてください!」


「うぇー…分かったってばぁ……」


そう言いながら、大きなうさぎの抱き枕を引き摺りよたよたと洗面所に向かったのが、

今の私の上司の松永萌々華まつなが ももかさんである。

前述の通り、私が探偵助手ということは

萌々華さんは探偵、なのだが……


「ちょっとー、花岡はなおかちゃんー!!

アイロン高すぎて取れないー!」


そう言われ、指さされた上の方を見てみると

確かに普段使っているヘアアイロンが

萌々華さんの手の届かないであろう棚のところに

何故か置いてあった。


「はいはい、もう…よいしょっと、

なんでこんな所に置いたんですか?」


「いやぁ…朝から花岡をこき使いたくて

昨日から準備していたんだよね」


昨夜、椅子の上に乗ってまで

上の棚にヘアアイロンを置いている姿を想像すると

申し訳ないが少し笑えてくる。


「…本当に、いい趣味してますね」


「えぇ? 酷いなぁ…

私はこんなに優しいというのに!」


そう言いながら、下衆の様な笑みを浮かべ

けらけらと笑いながらヘアアイロンを

コードに挿してスイッチを押した。


そう、良いように言えばとても気さく。

悪いように言えばチャラチャラしているのだ。

勿論、人格を否定だとかそんなことはしない。

ただ、探偵という職業においての

本当の欠点はほかにあるのだが……


「あれ、花岡ちゃん? 歯磨かないの?」


「萌々華さんがヘアオイルだとか歯磨き粉だとか

散らかしまくってるから待ってるんですよ!

それに私、相当な綺麗好きなので

どんな環境だとしても歯は絶対磨きます!」


「歯磨きのこだわりまでは聞いてないけど…」


そう苦笑いをしながら、ご自慢のボブに

ストレートアイロンをかけていた。

いや、貴方がこの話を振ってきたんでしょうが。

そう心の中で思いながら自分の歯ブラシに

ミントの香り強めの歯磨き粉をつける。


と、これが普段の朝の光景。

ここまでご覧のあなたは、私の勝手な想像だが

きっとこう思ったであろう。


『あ、この萌々華って子が主人公か…

普段はおちゃらけてるけど、

いざと言う時には事件を解決するんだろう!』


と、思った方も多いはず。

ならここで、つい先日相談を受けた

「マルボーちゃん大失踪大事件」

(このネーミングは萌々華さんのセンスである)

について、少し話をさせて欲しい。


_______________________



萌々華さんは、猫派である。

その為、こういう依頼の時はテンションが高い。

依頼者のヨシダさん(一応、守秘義務があるので

偽名にしている)からの指定で

事務所から程近い喫茶店で先に待っているが、

萌々華さんはメロンフロートを飲みながら

相当ご機嫌なのか、鼻歌を歌っている。

…くそ、悔しい事に少し上手い。


「花岡ちゃん、猫ちゃんだって!

花岡ちゃんってどっち派だっけ?」


「……」


「私はねぇ、ソマリって言う長毛の種類かなぁ…

あ、マイナーな種類知ってますアピとか

全然そんなのじゃないからね?」


「…あの…その格好、いつまで続けるんですか?」


「ふぇ? 君は他人の服にまでケチをつけるの?」


そりゃあ、私だってこんな親みたいなこと

言いたいわけじゃあ無い。

ただ、萌々華さんは21歳である。

そして節々の喋り方等からわかる通り

どちらかと言わなくてもギャル寄りである。

その為、探偵と言ってもよく見るような

茶色いコートにキセルだとか、

もっと言ってしまえば青い上着に蝶ネクタイ、

少し大きめの眼鏡だとかそんなものでもない。


じゃあ何かと問われれば答えは一つ。


「だって見て? このチョーカーとか

ヘアピンとか、全部可愛いじゃん!」


…そう、俗に言う地雷系だ。

私自身はあまりファッションに気を使ってなく、

勿論詳しい訳でもないのであまり強くは言えないが

ビリビリに破れたデザインの袖口や、

黒をベースとしてフリルが沢山ついたスカート、

人間の許容範囲を超えた量のアクセサリー。


しかも顔が相当、いや、すごく可愛いときた。

同じ女として最早、嫉妬の域に入るほどに可愛い。

ぱっちりとした目元に、程々に高い鼻。

リップを塗らずとも弾力やツヤのある唇など

(とはいえ、しっかり塗っていても綺麗だ)。

このまま原宿だとかの都会を歩かせておけば

おそらく誰もが二度見する程だろうが、

ここが郊外なのがとても勿体無い。


そして逆に言うとこの格好は、

「探偵」とはかけ離れているということだ。

これを初見で「あ、この人は探偵だ」と思える人は、逆にその人が探偵に向いてると思う。本当に。


「えーと…探偵さん、ですかね?」


と、窓際の席で小雨の降り始めた空を見ていると

物腰柔らかそうな声が後ろから降ってきた。


「あ、はい!貴方が依頼を下さった……

…花岡ちゃん、何さんだっけ?」


「ヨシダさんですよ? 依頼者様の名前ぐらい

事前に覚えておいてとあれほど言ったのに…

…あぁ、申し遅れました。

こちらがうちの探偵の松永萌々華で、

私が助手の花岡紗歩はなおか さほです」


「いやぁ、こちらこそよろしくお願いします

こんな若い女の子二人にオジサンが

頼み事するなんて…情けないよ」


「そんな事ないですよ、

とりあえず座ってください」


そう言いながら、向かい側の席へと促した。

年は五十代半ばと言ったところか、

それにしては白髪やシワも少なく

生き生きとした印象を覚えた。

身なりもスーツにワインレッドのネクタイ、

ワックスで軽くセットしたであろう髪からも

全体的に丁寧な雰囲気を感じた。


…それはそうと、普通依頼者の名前忘れるか?

席に促したのも私だし…

もう慣れたものだから仕方がないけど、

こういう時にしっかりしてもらわないと…


「えーと、ヨシダ、さん? のご依頼は

猫ちゃんの捜索…でしたよね?」


「はい、普段は室内飼いなので

まさか逃げ出すだなんて…」


「詳しく、お話を聞かせてください」


「はい、ええと…確か四日前かな?」


ポツポツと、断片的に思い出しながら

猫ちゃんが脱走した時の状況を教えてくれた。


「うちは在宅勤務でね、一日中家に居るから

ずーっとうちのボー…あぁうちの猫は

マルボーって名前なんだよね、だからボー。

探偵さん達は分からないだろうけど

マルボロっていうタバコがあってね、

それをよく吸ってたからマルボーなんだ。

確か六年前ぐらい…まだタバコを吸ってた時に

名付けちゃったから、禁煙してる今となっては

全然関係ないんだけどね」


そう言いながら、マルボーちゃんであろう

キジトラの猫が写った写真を見せてきた。

翡翠色の目がパッチリとしていて、

ピンク色の肉球がこちらを覗いていて…

端的に言うなら超絶可愛い猫だった。


「はっ…か、可愛いっ!!」


「ちょっと、萌々華さん!

確かに可愛いけど今はヨシダさんの話ですよ」


「えと、どこまで話したっけなぁ…

あぁそうだ、その日もいつも通りボーと

猫じゃらしで遊んだりしてたんだよ、

そしたら、ちょっと目を離した隙に

どこかにいなくなっちゃってて……

二階の窓が開いてたから、多分そこから…」


そう言い、悲しそうな顔になって俯いてしまった。

やはり、愛猫が逃げ出してしまったことが

相当ショックなのが見て取れた。


「…ヨシダさん、その依頼私達が____」



「では、他を当たってください。

ご相談ありがとうございました!」


「……へ?」


メロンフロートを飲み終わったと同時に

その探偵は依頼を断った。

いや、常識的に考えればありえないだろう。

たかたが、猫を探すだけなのだから。

でも萌々華さんは違う…断るのだ。


「あの、いや別に猫派なんですよ?

生まれてこの方21年間猫派を貫いてます。

それにその…なんだっけ?」


「…マルボーちゃんのことですか?」


「そう、さすが花岡ちゃん!

そのマルボーちゃんもとても可愛かったです…

でも、今回はお断りさせてください」


「な…何でですか!!

もし、失礼なことをしてしまっていたのなら

いくらでも謝ります!

だから…だからどうかうちのマル___」



「私、猫アレルギーなんです!!」


「…はぁ!?」


ヨシダさんの訴えを遮って、萌々華さんは叫んだ。

そしてこれには、私も拍子抜けしてしまった。


「確かに私は猫が大好きです!

でも、触れるとは言ってません!!

一応、鼻炎薬さえ飲めば大丈夫ですけど…

副作用で肌荒れとかしたら嫌じゃないですか?」


ほらだって私可愛いですし、と後ろに付け加えて

まるでアニメの効果音が付きそうな勢いで

パチッとウインクをした。


「いや、なら打ち合わせの前にお断りすれば

御足労いただかなくて済んだじゃないですか!

なんで無理と分かりきったことを聞いてから

改めて拒否するんですか!」


「いやぁ、私だって助けてあげたいよ?

でも猫に近付くと鼻水止まんないし…

あとシンプルに猫の好きそうなものが分からない」


「猫好きなのに!? 勉強した事ないんですか!?」


「うるさい花岡ちゃん!

私に知識とかそういう感じのこと求めないで!

そして二度と勉強という言葉を口にしないで!」


そうだ、忘れていた。

この松永萌々華という人間は、

探偵という職に就いているにも関わらず

類を見ないほどの阿呆である。

普段から推理小説を読んでいるお陰か

語彙力だけは何故か堪能だが、

それ以外はほぼほぼ壊滅的である。


それにしても、猫好きを名乗る癖に

猫の好きな物さえも知らないとなると

捕まえるのは相当厳しいだろう。

…今回は、心苦しいが断るしかないだろう。


「逆ギレしないでくださいよ…

ヨシダさん、申し訳ございません。

うちの探偵がこんなのであれですし、

知り合いの探偵事務所を紹介いたしますので…」

「そんな…そこをなんとか!

他のところも、依頼が多すぎて

中々こんなこと請け負ってくれなくて…」


そう言いながら、机に額が付くほどに

頭を深々と下げていたものの、

萌々華さんはどうしても乗り気では無さそうだ。


「そう言われましても…うーん…。

肌荒れするぐらいなら

切腹した方がマシですしなぁ…」


「肌荒れの優先順位高すぎません?」


「えへ、お肌は女の子の命ですから!

てわけで、申し訳ないですけど……」


「お願いします! お金なら……

お金ならいくらでも出せるので!!」


その言葉を聞いた瞬間、

萌々華さんの目の色が一瞬で変わった。


「…何円までなら出せますか?」


そう、探偵としてのもうひとつの欠点。

それは異様にお金にがめついことだ。

自分の事務所を広々と構えれるようになった今でも

自動販売機の下の小銭を探したり、

私に配分するようの報酬を

ほんの少しだけ横領したりなど…

改めて言うが、こんなのでも探偵なのである。


「こら、そんな聞き方してはいけないって……!」


「30万…いや、50万までなら!!」


「ヨシダさん!? ほ、本当にいいんですか!?

ね、猫ちゃんを探すだけなのに……」


「ボーは、私が仕事で悩んでいる時でも

膝に乗って癒してくれたり…

まさに僕の生きる意味なんです。

そんなボーを見つける為なら、

お金なんて全然惜しくないんです!」


裕福な人ほど、お金を出し惜しみしないというのは

案外嘘ではなかったようだ。

そしてあちらもお金を出すと言っている、

こちらとしては受ける気になっている。

となればあとの流れは簡単である。



「それでは、その依頼受けてあげましょう!」



_______________________



「いやぁ、あの時はびっくりましたね」


「まさか五日間も街中を探し回って、

結局何故か探偵事務所の前で

寝転がってるところを見つけるだなんてね」


「なんか…無駄足感が否めないというか…」


「そんな言い方しないでよ!?

私の鼻の犠牲が無駄になっちゃうじゃん!」


「それにしても萌々華さん、

薬全然効かなくて大変そうでしたよね」


そう、念の為市販薬の中でもトップクラスに

効く薬を事前に調べておいて使ったのだが

殆ど効くことが無く、大洪水を起こしたのだ。

とはいえ、相当な報酬が貰えたので

本人は満足そうなのだが……。


「ま、私としてはやる気緩めでやっていって

楽な依頼でガッポガッポ稼ぎたいから!

薬代と報酬を比べてより良い方をとったまでだよ」


「随分と本心丸出しで言いますね!?

まぁ…私のお給料にもなりますけど…」


「花岡ちゃんを養ってあげるのが

私の義務…というか宿命的な?」


「もう少し探偵らしく勉強をしてから

そんなセリフ言って欲しいですけど…

気持ちだけ受け取っておきますね」


「んにゃあー!! 勉強とかそんな台詞

二度と言わないでって言ったのにー!!」




え? こんなのが本当に探偵なのかって?

これでも実力はあるほうなんですよ?

何個か事件だって解決してるし…。

本当かどうか疑わしいって?

なら一回来てみてくださいよ。


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