幼馴染が操る未知の言語を解読してみたら、愛してるとか言われている件
しぎ
幼馴染が頼んでないのに自作言語で喋ってくる
「『Mema Loe』が『異性への愛情』、『Sama Loe』が『同性への愛情』と……」
机の上の置き時計が0時を示す。深夜の部屋に聞こえるのは、わたしがシャーペンを走らせる音だけ。
明日の古文の予習終わってないのに何やってるんだろう、と思いつつ、『レイン語解読ノート』にはどんどん書き込みが増えていく。
それもこれも、自分で言語を作るとかいう高校生離れしたことをやる幼なじみのせいだ。
「『Kipahualolo』が、『長い間一緒にいた者へ自然に湧き出る愛情』。『Emosehoalolo』が、『外見やステータスではなく内面に惹かれる愛情』……」
スマホの画面に映る写真は、そんな幼なじみが作っていた『レイン語作成ノート』の内容。それをひたすら書き写していく。
解読ノートには、感情や愛情を示すレイン語の語彙がずらっと並んだ。それだけでB5ノートの一面を埋め尽くしそうな勢い。
――いや、多くない? これ全部1人で作ってるの?
そりゃあ日本語だって英語だって『好き』を表す言葉は1つじゃないし、『好き』にもいろんな意味はある。
けど、レイン語は数千年数万年かけて作り上げられたそれらの言語とは違う。
女子高の1年生が作っている言語なのだ。しかもおそらく、純然たる趣味として。
ピコン
『明日の物理実験の予習課題、できた?』
おっと、そんなレイン語を作り、世界で唯一実際に使っている幼なじみからのメッセージだ。(ただし、もちろんこのメッセージは日本語である)
スマホを手に取り、彼女の顔が思い浮かぶ。
言語を作っちゃうような彼女でも、理系科目の課題はわたしに頼るのか。多分、他のクラスメイトからしたら意外だろうな。
スマホ画面に一瞬映った、にやけたわたしの顔から目を逸らし、わたしは物理のノートを引っ張り出す。
***
わたしは
そしてその庶民であるわたしと仲良くしてくれている幼なじみは
家が近くて、親同士が仕事で付き合いがあったことから始まったわたしと詩音の関係。
もう10年以上、一緒に遊んだりしている仲だからわかる。
詩音なら、言語を自作とかやりかねない気がするのだ。
中学校の頃は生徒会長を務めるなど、人望のある人気者の詩音だが、結構やるときは1人黙々とやるタイプ。語彙を考える作業とか好きそうだし。
今も、どちらかといえば不得意なタイプに入る(それでもテストでは平均点以上を取ってくるが)物理や化学の課題を頑張っているのだろう。
広い部屋の中、1人で勉強机に向かう詩音を想像しながら、わたしは詩音の課題の疑問点に答えてあげる。
しかし、わたしが詩音に勉強を教えることになるなんて。
もともとわたしは文系科目よりかは理系科目の方が成績良かったとはいえ、小学校の頃からしたら考えられなかったこと。
『教えてくれてありがとう。Loea ai ou』
わたしが詩音に、こんなこと言われるなんて。素直に嬉しい。
――いや、それよりも。今はこっちが気になる。
『Loea ai ou』
高校に入って少しした頃から、詩音がわたしとのメッセージの最後に謎の英単語っぽいものを付けることがたびたびあった。あるいは、一緒に登下校してる時とか、2人だけでいるときに単語のような何かをつぶやくことがあった。
でも、気になって本人に聞いてもはぐらかされるばかり。わたしの知らない言語かなとも思って一度調べてみたがめぼしい候補は見つからず、それっきりになっていたが。
未知の言語、レイン語の存在を知ったその時に確信した。
詩音は、自作したレイン語を実際に使い、わたしに向かって喋っている。
いや、わたしに向かってかどうかはわからないが、少なくとも詩音がレイン語を話したり書いたりするのはわたしとのやり取りでだけ。
わたしはレイン語解読ノートをめくり始める。
『Loea Loeの能動態動詞形。 愛する』
詩音の作成ノートによると、レイン語では名詞の後ろにaを付けることで能動態の動詞、すなわち○○するという意味になる。Loeは愛情という意味だから、愛するという意味に変化する。というか作成ノートの例文にもこれが書かれていた。
わたしは次に代名詞について書いたページをめくる。
……やっぱり、。aiは一人称単数、ouは二人称単数の代名詞。
そしてレイン語の語順は原則として『動詞→主語→目的語』。ということは。
『Loea ai ou』→『わたしはあなたを愛する』
だよね……どうしようこれ。
***
「ごきげんよう、美雨」
翌朝、わたしがいつも通り詩音の家の前まで行くと、いつも通り詩音が大きな扉の前でにこりとほほえんできた。
「ごきげんよう、詩音」
白浜女学園はいわゆるお嬢様学校というやつである。わたしたちのような高校から入った子たちには、入学初週のマナー講習会なる場でしっかりと淑女の立ち振舞い、的なものが叩き込まれる。
もちろん付属中学から進学してきた子は、そういう所作が自然にできている。
というか、会社社長とか政治家の娘という子も珍しくない。幼少期から、社交界の中でみんな過ごしてきているのだ。
入学から半年、庶民のわたしもだいぶその中でやっていけるようになったかなと思っているが、この挨拶とお嬢様口調だけは未だに慣れない。特に幼なじみの詩音とは、ずっと普通に話していたから余計にだ。
だから、周りに同級生や先輩がいないときは、すぐ普段の口調に戻ってしまう。
「詩音、昨日の課題、大丈夫だった? 答えになっていたかな」
「ああ、問題ないわよ。いつもありがとう、美雨」
「良いって。英語と歴史は毎回助けてもらってるんだから、お返ししないと」
わたしの言葉に、柔らかな笑顔を浮かべる詩音。
白が基調の夏服と、黒髪ロングのコントラストが美しい。同じ制服のはずなのに、わたしよりずっと着こなしてる気がする。
顔もスタイルも良い。わたしたち高校入学組の中でもいち早く中学入学組のなかに溶け込み、クラスの中心になっている詩音。
わたしよりもずっとたくさんのものを持っている詩音が、わたしに『愛してる』なんて言うだろうか……?
いや、しかし。わたしは思わず首をブンブン振る。
昨夜、わたしは詩音との過去のやり取りの履歴を遡れるだけ遡った。
その中で登場するレイン語を全て書き出し、できるだけ意味を特定した。
手がかりは詩音の作ったレイン語作成ノートだけ。
それも全部読んだわけではない。先週詩音の家へ遊びに行ったとき、たまたま見つけてしまったものだからだ。
ノートの表紙に大きく㊙なんて書かれてあっては、詩音に直接聞くのもはばかられる。わたしは好奇心もあって、できる限り内容をスマホで撮影し、使ってない自分のノートにそれをまとめてレイン語解読ノートにしたのだ。
そのノートの内容のみが、確実に正しいと言えるレイン語の情報。他はそこから類推するしかないし、当然ながら全くわからない語彙もある。
でも。
意味がわかった文章は全て、ほとんど同じ意味だった。
端的に言えば、『あなたを愛しています』なのである。
それが、愛に関する豊富なレイン語の語彙を駆使して、様々な表現で書かれている。
本当に、わたしをからかっているとしか思えない。
いや、だとしても遠回しすぎるだろう。
誰も知らない自作の言語を使ってからかったところで、わたしに通じるわけないのに。
それはからかいと呼べるのだろうか?
「ん、どうしたの美雨?」
と、不意に詩音がわたしの顔をすっと覗き込んできた。朝日に反射して、透き通るような彼女の肌がキラリと輝く。
「え、な、何?」
そういえば、こんなふうに覗き込まれることも増えたような。もしわたしが男子だったらきっとイチコロだろう、それぐらいの威力がある美少女の微笑み。
「急に首を振ったり、考え込んでるみたいだったから。なにか気になってることあった?」
「いやいや、大丈夫だから」
わたしは動揺する気持ちを抑え込む。
さすがに、『詩音、自分で言語作ってる?』とか聞けない。当の詩音が明らかに秘密にしているものをおいそれと言う気にはなれない。
そのうえで『その言語でわたしに愛してるとか言ってる?』とか、ますます聞けない。
万一わたしの思い違いだったらどうするんだ。
「Ha ousu peino pimilue」
……ん?
詩音、今もしかしてレイン語で喋った?
小声だけど、わたしには確かに聞こえた。
英語ではない。わたしの知らない異国の言語とかだったらお手上げだが、もしレイン語なら。
わたしは歩きながら、スマホの画像フォルダを開く。詩音の残した作成ノートの写真を片っ端から見て語彙を探す。
Haは、『現在、主語=目的語が成立している』状態を示すときに使われる形式的な動詞。英語のbe動詞に相当するもの。
ousuは、二人称単数の代名詞ouに所有を意味するsuがついたもの。名詞の前に使われる。
peinoは『顔』を意味する名詞だから、合わせて『あなたの顔』という意味。
で、ということは……
『pimilue 形容詞 (魅力的に)美しい』
やっぱり記憶の片隅にあったとおりだった。だから、
『Ha ousu peino pimilue』→『あなたの顔は(魅力的に)美しい』
――いやいや、本当に何言ってんだ詩音は!
わたし、というか世界中の誰にもわからないと思って好き勝手言ってるのか?
そもそも詩音ならともかく、わたしはそんな美少女じゃない。
そうだ、きっとわたしが聞き違いしたんだ。
レイン語にしても、多分発音の似た、わたしのまだ知らない語彙があって……
……だとしてもそんなことして、詩音は何をしたいんだ?
わざわざわたしに聴こえるように言って、よくわからない意味の言葉を?
「Excuse me」
ほら、また……
「Could you tell me the best way……」
――待て待て、これは普通に英語だ。
見上げると、金髪ブロンドにサングラス姿の女性が喋ってきていた。
「あ、えっと」
「Station? There are two stations nearby,Which?」
とっさに英単語が出ないわたしに代わり、詩音が流暢に話す。
詩音の父は外交官、母は国際系の大学の先生。だから詩音の周りには、幼少期から様々な国の言語があふれていた。いろんな国籍の人が詩音の家には出入りしていたし、詩音自身も両親に連れられて頻繁に海外に行っていた。
そんな環境で育ったから、詩音の英語はネイティブ並みだし、他にもドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ロシア語、中国語……パッと思いつくようなメジャーな言語は日常会話レベルならどれもこなせるというから、詩音が一緒にいれば多分世界のどこで迷子になっても困らない。全く、この時点ですでに充分子ども離れしている。
そしてそのうちに、詩音は言語そのものに興味を持ち始めた。母が言語の研究をしていることもあり、大学まで行って世界の言語に関することを学びたい、と中学の頃から言っていたっけ。
ともかくそんな詩音の興味を知っているから、自分で言語を作っていると知っても、驚きはあれど『詩音ならできるし、やってもおかしくないな』という感想が出てくるのだ。
「Thank you, that was helpful!」
「Not at all! Have a nice trip!」
いつの間にか、去っていく金髪女性に笑顔で手を振っている詩音。
「あの人、どうしたの?」
「駅へ行こうとして迷ってたみたい。ほら、この辺の駅名ってややこしいでしょ?」
「あー確かに。日本の人でもよそから来た人は間違えそうだもんね」
「そうそう。このあたりも英語とか他言語の案内増えてきたけど、それでもね……」
詩音が遠い目をする。
いろんな言語で案内を増やすにはどうすればいいかとか、そんなことを考えているのだろう。
きっと将来の詩音は、両親のように世界中の人と交流する仕事に就くのだ。
そしてそのためには、詩音は頑張ることを惜しまない。
中学の頃、県の英語スピーチコンテストのために毎日毎日遅くまで練習していた詩音が思い起こされる。
蓋を開けてみたら、圧倒的な実力差で詩音の優勝だったけど。
「あれ、また何か考えてる?」
と、詩音が急にこっちに視線を合わせてきた。
くりっとした瞳に、思わず吸い込まれそうになる。
「え、いや……英語話す詩音見てたらさ、スピーチコンテストの練習思い出しちゃってさあ」
「ああ、懐かしいわね。あのときは練習に付き合ってくれてありがとう」
「そんなそんな。詩音が頑張ってるんだから応援しなきゃでしょ」
詩音はそのわたしの言葉にふっと笑う。
そして端正な横顔をこちらに向けたまま、歌うようにつぶやいた。
「Loea ai ou , pekou kei li ou pila」
……ああ、もうまたなんか言ってる!
しかも絶対『あなたを愛してる』的なことじゃん!
もう、これからわたしはずっと、レイン語で詩音にからかわれながら生きていくのか?
幼馴染が操る未知の言語を解読してみたら、愛してるとか言われている件 しぎ @sayoino
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