最初に倒される者

くろいひつじ

第1話|最初の敵

目を覚ますと、草の匂いがした。

 湿った土。夜露。

 いつもと同じ朝だ。


 俺は、スライムだ。


 名前はない。

 ここに生まれる者には、必要ないからだ。


 少し離れた場所で、仲間が揺れている。

 丸く、透き通っていて、弱い。

 俺と同じだ。


 遠くから足音が聞こえる。

 金属の擦れる音と、人間の声。


「いたぞ」

「スライムだな」

「最初はこいつからだ」


 その言葉を、俺はもう知っている。

 何度も聞いた。

 聞くたびに、意味が重くなる。


 ――最初。


 それは順番であり、役割であり、

 そして理由だった。


 剣が振り下ろされる。

 仲間の一体が、音もなく弾けた。

 消える瞬間、ほんの一瞬だけ震えていた。


 あれは、痛みだったのだろうか。

 それとも、恐怖か。


 俺には、まだ区別がつかない。


 人間たちは笑っている。

「弱いな」

「経験値うまい」

 軽い声。

 重さのない言葉。


 次は、俺だ。


 体が固まる。

 逃げようとしても、動けない。

 なぜ動けないのか、俺はもう知っている。


 ここから離れてはいけない。

 俺たちは、ここに“出てくる”ものだからだ。


 剣が近づく。

 透明な体に、冷たい影が落ちる。


 その瞬間、俺は考えていた。


 ――俺は、弱いのか。


 確かに、強くはない。

 一撃で消える。

 反撃もできない。


 でも、それは

 「弱いから」なのか。

 それとも――


 最初に出てきたから、弱いとされているだけなのか。


 考えが形になる前に、視界が揺れた。

 衝撃はない。

 ただ、世界が遠ざかる。


 消える直前、俺は思った。


 もし、俺が最後に出てくる存在だったら。

 もし、誰にも見向きもされない場所に生まれていたら。


 俺は、

 違う存在になれただろうか。


 答えは、わからない。


 ただ一つ、確かなことがある。


 俺たちは、

 何も考えずに倒されるために

 生まれてきたわけじゃない。


 それだけは――

 間違っている。


 世界が、暗くなる。


 そしてまた、

 同じ草原で、

 俺は目を覚ます。

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