救助要請

突然、子供たちは爆音とともに、視界を煙で覆われ、何者かに連れ去られた。それは、父親とも母親も仕事にでかけて、姉と弟二人になってから5分と経たぬ頃であった。まだ、街頭には選挙カーの音もしていたし、そろそろ家族が駅に着いたかというころのはずだ。


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数日後、公安委員会所属、特殊任務課の者たちに要請が舞い降りた。


『ある一家の夫婦が出勤しようと家を出たところを襲撃され、出勤前だった姉弟が拉致された。近くにはニューホライズン党の選挙カーが来ていた。間違いない。これはあの特殊案件の事件だ。つまりあのニューホライズンがついに卑怯な手に出たということ。というわけで我々の出番だ。』


かつてニューホライズンの会員になり、人体実験としてメンフクロウの遺伝子を注入され、その副作用のためか顔が面のようにのっぺりとして、そして真っ白い偵察担当、音無 月(おとなし るな※男)は会議室の机に拳を叩きつけた。


彼はメンフクロウ同様、音もなく行動することが特技であり、反対にこの顔がパラボラ的に収音機能を果たすため、偵察にうってつけだ。叩きつけた拳も、カタリと静かに机に揺れがあっただけでほとんど音がしない。


『あいつら!!!なんて野郎だ!なんど過ちを繰り返すつもりだ!』と彼は静かに叫んでいるが、ここにいるすべての隊員が、あの悪夢の経験者である。


ニューホライズンは、表向き、健康寿命の増長を謳っている、潔白な健康食品会社の姿をしているが、その本性は、様々な動物の遺伝子を人間に組み込む人体実験を繰り返す、倫理を捨てたカルト集団だ。


そのやり方は傲慢で、世界中様々な地域の特徴的な動物を大量に捕獲し、彼らを生贄に、人間たちを戦争の道具として進化させる材料としている。つまりニューホライズンは、戦力を増強し、国家転覆を狙う危険思想を持つ団体というわけだ。


公安の中でも、特殊任務課に所属する人間は、かつてニューホライズンの人体実験には成功したものの、免疫障害による深刻な後遺症や洗脳が解けるなどして、脱退した者たちで構成されており、彼らはこの部隊にめぐり合うまで、それはそれは大変な差別をうけ、社会で辛酸をなめつくした、はぐれ者たちだ。彼らはみなそれぞれに、動物の遺伝子を組み込まれ、各々特殊な能力を持っている。


この特殊任務課を企画したのは、かつてニューホライズンによって家庭を崩壊させられたある一人の一般人であった。しかし、当の本人の正体は安全な日常のために、正体は隠されている。誰一人として、それがだれなのか、そしてどこにいるのかを知らない。


すなわち、この課に所属するものすべてが、その荒廃した人間倫理を持つあの憎きニューホライズンの内部構造を知っており、それを破壊すべく燃えている。表向きにそれが露呈するまで、彼らは様子をうかがっていたのだ。その均衡が崩壊し、今を持って火ぶたが切って落とされようとしていた。


しかし、身も心も、打倒ニューホライズンの思いがあったとしても、その恐ろしさを知っている者が多いのも事実である。


鉄細菌の遺伝子を持っている彼は、身を固くして、怯えている。その声は震えているが、訴える。『あいつらは、僕たちの人生を壊しました。返してくれなんて言わない。でも、これ以上犠牲を増やすわけには…。みんながかわいそうです。』


彼は、鉄細菌の遺伝子を身体に仕込まれたことによって、肌で鉄に触れたり、鉄に息を当てたりすることもできない身体になってしまった。普段から全身を布で包み、厳重に注意を重ねて過ごさねば、触れたり吐息がかかっただけで鉄でできたものが崩壊してしまうのだ。

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