第3話 色んなギャップがありすぎですよおお!
「ここなら、安全……」
校舎裏のだ~れもこない日も当たらない場所を見つけて、ふうとやっと一息ついた。
だって、朝から楠さんが構ってくるんだよ! 話しかけてくるんだよ! 休み時間ごとに話しかけてくるから、トイレに駆け込んでるんだよ! その度に楠さんと仲が良い子とか男子とかからの視線が突き刺さるんだよ!
しかも、やっぱり昨日のバイト服姿も思い出すから、ギャップ萌え発動させないように必死なんだって!
なんでこんな苦労してるんだ、私? ギャップ萌えだけでも堪えるの大変なのに、さらには周りの人への気遣いも? なんで重なるんだよおお! 一つでも大変なのに、なんでなんだよおお!
お昼休みになったと同時に教室から逃げ出して、やっと息を吐ける場所に辿り着いた安心感といったら。暗いところが落ち着く。これ、これよ。これが私の場所よ。楠さんたちの陽キャ軍団がいる場所じゃないわけよ。
「あ、こんなところにいた」
――って思っていたら、またまた楠さんの声が聞こえた。バッと顔を上げると、どこか呆れた感じで見下ろしている楠さん。な、何故ここに⁉ こんな誰からも見つからないような暗い暗い場所に、何故⁉
「なんでこんなところにいるのか分からないけど、もう逃げないでよね」
ひいっ! なんか怒ってらっしゃる⁉ 声が朝とは違って尖っていらっしゃらない⁉
「ななななんで……?」
「なんではこっちのセリフなんだけど。そんなに嫌われることした、私?」
いや、していません! 全くしていません!
内心あわわわと慌てふためいていると、隣に楠さんが腰かけている。だから何故⁉
「朝から――というか、昨日からか。すっごい気になって。琴原さんにそんなに嫌われることした自覚も記憶もなくてさ。だからもしそんなことしていたら、ちゃんと謝りたいなって。だから教えてほしくて」
ハアと膝に顔を乗せながら、私の方を見てくる。え、え? そんなに気にさせちゃってた? いや、むしろ私の方が態度悪いし逃げ出すしで、思いっきり最悪な応え方をしてたと思うんだけども?
「く……楠さん、は、悪くない、よ?」
「じゃあ、どうして逃げるの? 実はちょっと怒ってもいるからね。あんなあからさまに逃げるんだもん」
あ、ちゃんと怒ってもいるんですね。それはそう。少し頬を膨らませているのは可愛らしいけど。
でも、そうだよね。ギャップ萌えのことを楠さんが知るはずもないし。
「ご、ごめん……」
「ごめんじゃなくて、理由が知りたいんだけど?」
ごもっともすぎる。でも、あなたのギャップに悶えましたなんて言えるはずもないし……あ、そうだ。
「ほ、ほら……楠さんが私と話すのは、解釈不一致というか」
「解釈不一致?」
「わ、私みたいな暗い子と話すのは、皆からしてみたら、そうなのかなぁと……」
「それ、誰に言われたの?」
あ、あれ? なんかさっきより低い声になったぞ? 誰も言ってないけど、皆の視線がもうその答えだと思うんだけども? 自分もそう思うし。
「だ、誰かに言われたわけじゃないけど……私もそう思うから」
「なんで?」
めちゃくちゃ質問攻めだな⁉ どう言えば納得するの、これ⁉
「そ、その……人種が違うというか、タイプが違うというか……」
「同じ日本人ですけど?」
そうなんだけど! それはそうなんだけどね!
「えっと……それに、私も誰かと話すの苦手だし……だから、その……あ、昨日のバイトのことは誰にも話さないから、安心してほしいというか」
「琴原さんは、私と話すの嫌なの?」
ど直球! 嫌とかそういう話じゃなくてね⁉ ああ、もう! うまく言葉が出てこない! 人と話すの難しいな!
「嫌、とかじゃなくて……その……話すことが苦手だからで……」
「私が嫌いじゃない?」
「嫌い、ではなくて……だからその……」
「なら、良かった」
え? 今ので納得?
安心したような声だったから、つい楠さんを見ると、ふわりと優しく微笑んでいる。わ、可愛い。ってそうじゃない!
「嫌われてないなら良かった」
「え? あ、う、うん……嫌ってはないけど」
満足したように楠さんが立ち上がる。ん-っと腕を伸ばして背中を伸ばしていた。
「それで嫌われてるとか言われたら、さすがにショックだったよ。でも嫌われてないならいいや」
いいんだ。それでいいんだ。ああ、じゃあもうこれで楠さんが私に話しかけてくることはないよね? バイトの件も誰かに言いふらすことはないし……というか、言う相手がいないし。
これで、ギャップ萌えでの怪しい笑い声を聞かせないで済むかも……とか考えているとクルリと私に身体を向けてくる。
「でも、逃げることは別だからね。しかもさっきの、えっと……解釈不一致? みたいな変な理由だったら、それは見過ごせない」
「え?」
見過ごせない? 見過ごして⁉ あなた、どれだけ周りの人に好かれていると思っているの⁉ そんな人と私が話すのは解釈不一致でしょうが!
それに私のギャップ萌えが発動しないためにもお願いします! 今も絶賛昨日のバイト服姿と今の制服姿のギャップで悶えそうなのを必死で耐えてるんですよ⁉
クスリと楠さんが笑いながら見下ろしてくる。
「琴原さんってどういう子なのかなぁって、実は前から思ってたんだよね。実は、昨日バイトがバレたの、話すいい機会だなって思ってて」
「はい?」
「なのに、そんなどうでもいい解釈とかで話せなくなるのは嫌だよ」
ど、どうでもいい? 嫌? あんなに人に恵まれている人が、私と話せなくなるのが嫌? あ、やばい……これ、ギャップ。
――い、いやいやいや、解釈もそうだけど、それとは別にですね! 理由がありましてですね!
そんな私の胸中を知らない楠さんが、とんでもなく悪戯っ子のように笑った。
「これからよろしくね、琴原さん」
クラスでも見たことない、すごく楽しそうに笑う姿に、胸が高鳴る。
え、え、え? 何これ? 何その笑顔?
私みたいな暗い子に対して、そんな風に笑う人いる?
初めて真正面から見るその姿に、ギュンッといきなりのギャップ萌えが発動して、ボンッと頭が爆発した。
「え、ちょっと⁉ 琴原さん、大丈夫⁉ 琴原さぁん!」
グラリと目を回して後ろに倒れた私の体を、ユサユサと楠さんが揺さぶってくる。
いや、あの、楠さん⁉
だから、色んなギャップがありすぎですよおおお!!!!
この日から、楠さんのギャップに毎日苦悩する事になるとは、全く想像していなかった。
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