地味子の苦悩

Nakk

第1話 そのギャップ、ありえないって!



 誰しも、「これだけは! これだけは無理なんだぁ!」という弱点があると思う。


 くすぐりに弱いとか、辛い物が苦手だとか、犬の吠えられる事とか、とにかく色々。


 かくいう私、琴原ことはら結弦ゆづるも、絶対にこれだけは無理ですというものがある。


「あれ? 琴原さん?」


 苗字を呼ばれ、その声の主を見た瞬間に固まった。


 今日は大好きなミステリー作家の新刊が発売される日で、学校から珍しく本屋に寄ってから家に帰っていた。あーちょっと喉乾いたなって、途中にあった普段は使わないコンビニにフラッと寄ってみただけ。本当に、本当に偶々である。


 まさか、そこにクラスの人気者である楠さんがいるなんて、思いもしなかった。


「っ……楠、さん?」

「うん。琴原さん、ここで初めて会ったね。家近いの?」


 ちょっと微笑みながら、気軽に楠さんが話しかけてくる。


 でも、私はそれどころじゃない。


 クラスの隅っこでポツーンと一人寂しくお弁当を食べている陰キャで友達がいない自称地味子の私に、あの男子にもモテモテで女子からも憧れられているくすのき紗夏さなが、話しかけてくるなんて? 


 いや、違う。


 人と碌にちゃんと喋れないし、目を合わせながらの会話なんて地獄だし、喋ったとしてもごもごとしか話せない上に影が薄い私に、あの教師からも人望が厚く、大学からの推薦も貰っている学年トップの頭脳を持つ楠紗夏に名前を覚えてもらっているなんて? 


 いや、違う。


「琴原さん?」


 目の前の楠さんが不安そうに首を傾げていたけど、私はやっぱりそれどころじゃない。


 彼女の着ている、そのコンビニの制服姿に、心臓がバクバクと鼓動を打ってくる。


 普段とは違う、明るくて気さくで、皆からの人気もあって、先生たちからの信頼もある楠さんが……



 バイト、している、だと?



「……そ、の……えと……あの……」

「え? あ、ごめん。驚かせちゃったね。私、ここでバイトしてるの。ちょっとお金ピンチで」


 震える手で彼女が着ている制服を指さしてしまうと、ちょっと照れ臭そうに笑っている。


 いや。

 いやいや。

 いやいやいや。


「あ、ごめん。このこと、学校には内緒で。ほら、ウチの学校バイト禁止でしょ? さすがにバレたらやばいからさ。お願い」


 手を合わせてくる楠さんに、何も答えることができない。


 いや、何も考えることができない。


 だって、私の頭の中は今、別のことで支配されている。


「あの、琴原さん? って、え、ちょっと⁉ これ、ジュース!」


 無理無理無理と思って、レジに置いていたジュースも忘れ、私はコンビニから逃げ出した。後ろからまた楠さんの呼ぶ声が聞こえた気がしたけど、気にしていられない。遅い足を頑張って動かして、息が切れるのも構わずに、家への帰り道を走っていく。


 随分走ってから、ハアハアと息を荒く吐き出した。汗が全身から噴き出ているような感覚に襲われながらも、どんどん熱くなる胸は止まらない。


 さっきの楠さんの姿が、やっぱり頭の中を駆け巡る。


 あの楠さんがバイト? 

 いつもどこか余裕そうに見えるのに。いつも誰かと一緒にいるし、どこかに遊びにいったとかもよく聞こえてくるのに。買い物もよくしているみたいな話も他の人が言っていたのに。


 だから、てっきり親がお金持ちなんだなとか、勝手に思っていた。

 いいな、余裕のある人生なんだなって。親にも恵まれて、友達もいっぱいいて、頭もよくて、先生たちからも信頼されていてって。


 それが、

 それが、実はちゃんと自分で働いて稼いでいます?


 何それ、何だそれ。


 しかも、あのバイト服も、すっごい似合っていて。

 普段の学校の制服姿とは違い過ぎて。


 ギューンと胸が締め付けられる。心臓が熱くて、バクバクとうるさい。

 たまらずその場にしゃがみこんで、頭を抱えた。


 いや、やば。やばすぎるって、楠さん。

 今まで想像してた楠さんと違いすぎるって。



 そのギャップ、ありえないって!!!!



 私、琴原結弦は、とにかくギャップに激弱なのである。


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